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「800字文学館」

三姉妹

平尾 富男

 兄も弟もいない三人姉妹という人が身の周りに少なくない。小学生の頃に近所に住んでいた同級生の女性も三姉妹の三番目だった。当時、そのすぐ上のお姉さんに仄かな恋心を抱いたものだ。兄弟二人の中で育ったせいか、三姉妹という言葉を聞いただけで甘酸っぱい想いが今でも湧き上がってくる。
 文学の世界でも三姉妹は活躍している。シェークスピアの『リア王』、チェーホフの『三人姉妹』、さらには英国文学界のブロンテ三姉妹などがすぐ頭に浮かぶ。

 親戚に、それなりに幸せな結婚をしたものの、それぞれ八十歳を過ぎてから夫に先立たれた三姉妹がいる。性格も容貌も特に似てはいないが、昔からとても仲の良い姉妹だと聞いていた。
 一番上の姉は今年九十三を迎え、東京郊外の老人ホームに入居して数年が経つ。二番目は米寿を祝ったばかりで、三姉妹が育った都心の実家にその娘夫婦と暮らしている。最も若いのが八十六歳、五年前に転んで大腿骨を骨折して以来入退院を繰り返すことがあったが、今では夫の遺産のお蔭で長男一家と共に悠々自適の生活。
 ある日、親類縁者の心遣いでこの三人が揃って会うことになった。
 最年長の姉が住む老人ホームに集まった車椅子の三人の挨拶は、お互いの顔を見つめて「あなたどなた」から始まった。周りから説明されると姉妹の名前を呼び合って「あら、久し振りね」と、少しは思い出が甦ってくるらしい。
 それでも、過去と現在を繋ぐ回路は五分と持たない。二番目が「ねえ、何で私ここにいるの。この人たちはだれ」と言い出す。最年少の妹でさえも、「お母さんも大分老けたわね」と言いながら、眼前にいる九十三歳を横目で見て、三十年も前に亡くした自分たちの母親と間違えたりする。しまいには「早くお家に連れてって」と周囲に催促をし始める。

 これまで文学の世界でこんな三姉妹にお目に掛かったことはない。淡い憧れから懸け離れたこの実話は、現代日本の超高齢化社会を象徴しているようだ。

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