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「800字文学館」

ルーツ探しは面白い(農家の家憲)

池田 隆

 ルーツ探しをしていて、今より六代前に分れた分家の現当主に初めて会った。私方の本家は三代前の明治期に、先祖伝来の地である伊賀を離れたが、その分家は歴代にわたり土地を離れず、農業一筋の暮しを続けている。
 供養に訪れる人も滅多にない本家の墓を、今も自分の家の墓と同様に世話している。改めて本家筋の末裔としてお礼を述べ、話合いは互いの家系に及んだ。
 先方は部屋の奥から大事そうに「家庭誌」と書かれた古びた一冊の綴りを出してきた。開くと大正初期に書き改められていたが、その家に伝わる先祖の人物像から、家産の詳細まで克明に記されている。
 その中で私がとくに感銘を受けたのは、その冒頭に記された家憲であった。

家憲
一 相続者ハ嫡流ノ長男ニ相続ス
タダシ相続者ニ男子ナキトキハ長女コレトナリ、
コレモナキトキハ親族会ヲ開イテ処置スルモノトス
二 永遠動キナキ農ヲ生業トナスモノトス
三 忠実 業ニ服シ、勤倹 産ヲ治ルモノナリ
四 記帳ヲ整理シ、収支ヲ明ラカニ、投資ヲ慎重ニ
五 家業ヲ多端散漫ナラシメザルベシ
六 借金セズ、債務ノ保証人トナラザルベシ
七 投機的事業ニ関係セザルコト

 本業の油屋以外に手を出し、時代の波に翻弄され、浮沈を繰返した本家に比べ、この家憲を忠実に守ってきた分家の暮し方は対照的である。
 この家系では現当主を含め六代中、三代が婿養子、一代は夫婦両養子である。彼らの間に必ずしも血縁関係はないが、明治から平成にかけての社会の劇変期においても、独自の信条の下で「家」を保ち継いでいる。

 わが国の「家」は血縁者による承継のみには拘らない柔軟な運命共同体だった。戸主を社長、家憲を定款と考えれば、それは個人企業に似ている。
 戦後に旧家制度が廃止され、核家族化が一気に進んだ。今ではそのマイナス面が顕著となり、家族自体の崩壊や家業の断絶も問題になっている。
 温故知新、旧家制度の良さも取入れ、新たな家族制度を考える時だろう。

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