兎追ひし故郷は
「♪兎追ひし彼の山 小鮒釣りし彼の川……」
唱歌『故郷』にはおしまいまで地名が登場しません。そのため、地方で生まれ育った人、反対に都会出身で地方に疎開・勤務した経験がある人は、それぞれに『故郷』イメージをお持ちでしょう。それを壊したくはありませんが、この歌詞にはモデルの地があるようです。
作詞者高野辰之は、長野県北部の旧豊田村(現中野市永江)の出身で、上京中に自分の故郷を念頭に作ったとされています。私は新潟に在勤中、偶々この村を車で通りかかりそのことを知りました。
斑尾山の山懐に抱かれ、千曲川の支流が流れる静かな山村です。どの町に出るにも遠く、冬季は特にその苦労が思いやられます。
『故郷』は、単に田舎の自然美を謳うことが主眼ではないと思います。異郷にあって苦難に喘ぐ青年が、故郷を偲んで慰められるという趣があります。哀調を帯びたメロディと相俟って、日本人の「心の故郷」というべき曲になっています。
辰之の生家の前から周囲を見渡すと起伏のある林や丘が望めます。彼らが野兎を追いかけていたのは、あの辺りだろうか……。少し歩くとお寺があり、裏手にきれいな小川が流れています。小鮒を釣ったり泥鰌を捕ったのはここだろう……。いつしか自分の子供時分が蘇ります。
川の近くに村の小学校があり、その先は桃畑、林檎畑が広がっています。春には菜の花も加わり見事な風光です。
『朧月夜』も彼の作といわれています。その一節に「かはづのなくねも、かねの音も、さながら霞める朧月夜」とあります。この鐘は先ほどのお寺の鐘だそうです。
お寺の前に大きな石碑があります。日露戦争で息子を亡くした父親が乃木大将に揮毫してもらったという顕彰碑です。山村にも昔の戦争の記憶がこういう形で今も残っています。お墓も満足に建てられなかった貧しい親もいたことでしょう。
ここを訪ねると安らぎを覚えますが、同時に村の人々の哀歓が伝わってくるようです。