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「800字文学館」

トルコは回教の国か

野瀬 隆平

 抑揚のついた唸るような声が、かすかに聞こえてくる。
 まだ夜は明けていないはずだと、ベッドサイドの腕時計を薄明りにすかして見ると、五時過ぎを示していた。そうだ、ここはイスタンブールのホテルだ。
 声は、近くにあるモスクのミナレットから流れてくる、礼拝の時刻を人々に知らせるための「アザーン」。モスレムは、一日五回の礼拝をしなければならないが、時間は太陽の動きによって決まるので一定ではなく、その都度呼びかけが行われるのである。
(やはり、トルコは回教の国なのでは……)

 昨日、ガイドのタネルさんは、「皆さんは、トルコ人のほとんどが回教徒だと思っているでしょうが、それは違います」という。旅に出る前に読んだ本では、トルコ人の95%以上は回教徒だと書いてあったのだが。
 礼拝を欠かさず断食を戒律通り行っている本当の信者は、数パーセントしかいない、と彼はいい切る。
「ほとんどの人は、日本人と同じく実は無宗教なのですよ」
 との説明には、苦笑せざるを得なかった。イスタンブール大学で日本語を学び、何度も日本に来ているタネルさんは、さすがに日本の事をよく知っている。

 トルコの各地をバスで巡っていると、ミナレットがよく目に飛び込んでくる。どの町にもモスクがあるので、回教の国との印象が強いが、実際にはモスクの数よりも、教会の方が多いというのである。
 美しいタイルで有名なあのブルー・モスクに入った時にも、ここでお祈りしているのは、ほとんどが外国人で、トルコ人は少ないとのことであった。

 確かに、現在トルコが占める領土の歴史をふりかえって見ると、ビザンチン帝国の時代にはキリスト教が国教であったし、先日見学したカッパドキアにしても、迫害を受けていた時に、隠れキリシタンが住んでいた所だ。現代のトルコに回教と同様に、キリスト教が根付いているとしても、決しておかしくない。

 別れ際に、タネルさんは、実は私はクリスチャンなのですと告白した。

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