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「800字文学館」

「あなたの宗教は?」

平尾 富男

 ニューヨークに駐在していた四十年程前、中年の女性秘書と二人で雑談中のことである。「信仰している宗教は何か」と質問された。

 普通の米国人主婦でもある彼女にとって、仕事の上で身近に仕えている上司が無宗教とは夢にも思っていない。もちろん彼女自身は敬虔なクリスチャン。「敬虔」の理由は、彼女自身の両親がそうであったように、毎週日曜日には夫婦揃って教会に出かけて牧師の説教を聴き、自らの子供にも当然のように洗礼を受けさせていたから。

 そんな彼女の何気ない質問に、「宗教は何も信じていない」とうっかり答えてしまった。すると彼女は私を見つめ、泣きそうな顔で言う。
「貴方のような立派な紳士が無神論者とはとても信じられない」と。
 私が立派かどうかは別として、無神論者は悪魔と同義であると信じる彼女がボスを見る目は、それまでとはすっかり変わってしまった。

 暫くして私の長男が生まれたとき、ニューヨーク市の産院の担当医から、信仰する宗教は何かと尋ねられた。医者に悪魔扱いされたくはなかったので、とっさに「私は仏教徒(I am a Buddhist)」と答えた。
 後に知ったのだが、この質問の理由は人種の坩堝でもある米国、特にニューヨークならではのものだった。つまり、例えばユダヤ教を信じる父親の男の子には、医者は割礼を施さねばならないのだ。

 中学・高校の六年間をミッション・スクールに学び、新約聖書にも讃美歌にも慣れ親しんだが、洗礼を受けないまま学校を卒業した。仏壇も神棚もある家で育ち、我が家は代々浄土真宗だと父から聞かされていたのがその理由ではない。
 春と秋のお彼岸には、既に独立して家庭を持っている子供たちにも声を掛けて、両親の眠る墓にお参りすることにしているが、仏教徒であるという強い自覚はない。その一方で、いずれ自分もこの墓に入ることを信じて疑わないのだ。

「信じる宗教はこれ」と宣言できるものはないが、無神論者のレッテルを張られることには抵抗を感じている。

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