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「800字文学館」

ベネチアの天然ガス

中村 晃也

 ベネチアの中央カナルに面したホテル。遅い昼食を、と食堂に入ったが従業員が誰もいない。
 と、中年の赤ら顔、小太りのコックが出てきたので、十分間で何がができるかを聞いた。彼はチョット待てと手で私を制し、キッチンから鋏のついたずんぐりした海老を持ってきた。全長は二十センチほどだが、胴回りが太く腹のほうに曲がったどす赤い尻尾が印象的だ。

 そこで彼は、大げさな身振り手振りを交えた、イタリア訛りの英語で説明を始めた。
「先ず、この海老をぶつ切りにしてオリーブ油に入れ軽く火を通す。次いで塩コショウして少量のワインで茹でる。OK?
 一方、玉葱とにんにく、ミニトマトとパプリカの微塵切りを混ぜて、塩コショウと少量の砂糖を加え、赤ワインを今度はタップリ入れて沸騰させる。
 そこに先ほどの茹でた海老をスープごと加えて五分ほど加熱する。次いで秘伝のにんにく入りケチャップとレモン汁、黒胡椒で味付けをする。
 最後にスパゲッテイを一巴入れて、ソースになじんだらパセリを振りかけて終わり。ここまで海老を切ってから十分で出来上がりだ。まあこのワインを飲んで待っていてくれ」

 説明に十分以上かかったが、確かに、ハウスワインを一杯飲み終わった頃、得意顔の彼は、鮮やかな色彩のスパゲッテイ・コン・ランゴスチン・デル・マーレの大皿を持ってきた。
 細めのスパゲッテイはコシがあり、スープに良く絡まる。黒胡椒の効いた秘伝のケチャップの味はまろやかというよりはかなり刺激的で、食欲をそそる。
 直径五センチの海老のぶつ切りは身がしまって殻から取れやすく、鋏には切れ目が入れてある。海老はすぐにお腹が一杯になるのが残念だ。

 が、とにかくにんにく臭い。ゲップもやたらに出る。それからは毛穴という毛穴から立ち昇る、にんにくの蒸気を身に纏って行動するハメになった。

 翌朝、この話をすると、「この臭いガスを燃料につかえないかな? イタリア全体でみれば凄い量の天然ガスだ」と商社のエネルギー担当がため息をついた。

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