オペラ「夕鶴」
暗い劇場がパッと明るくなり、児童十人のわらべ歌の合唱が隅の方まで広がった。むかしむかし、村に与ひょうがいよってな、と語りだしたようだ。舞台の奥は視野一杯の大スクリーン、そこに幻想的で色鮮やかな情景が物語と共に映し出された。オーチャードホールで観劇したオペラ「夕鶴」の情景を目に浮かべながら書いている。
わらべ歌の背景はいつも青の色彩が多い東山魁夷がめづらしく描いた秋の木々の彩に似て、茜色の赤とくすんだ黄色の大柄の雲のような縞模様である。スクリーンの構成は美術担当の千住博、照明担当の成瀬一裕が和の心を込めて表現した。わらべ歌の終わる間際に白の鶴の衣装の佐藤しのぶが透き通るようなソプラノで物語は始まる。
与ひょうの石倉真、運ずの原田圭、惣どの高橋啓三で、高らかに歌い上げ物語が進む。それと共にスクリーンは空をイメージした濃い青と、満点の星、雪の細かい白が目に焼き付く。勿論、オペラは団伊玖磨作曲のリズムにのった四人の熱唱であるが、それを支える背景が素晴らしく、総てを盛り上げた。
「ある晴れた日に」、「闘牛士の歌」、「誰も寝てはならぬ」など思わず口ずさむアリアはここにない。このオペラは広い音域と、現代的な照明技法を駆使した歌舞伎だ。楽団は三味線の囃子、また歌唱は浄瑠璃に当たる。西欧式歌舞伎と見ると、市川右近の演出で打ち出した色鮮やかな舞台背景は、桜、松の緑、海の波など、抽象的に誇張した歌舞伎の技法を現代的な映像技術により描き出されたものだ。
つうと与ひょうの細やかな愛情と西欧のオペラの情熱的な恋を対比すると文化の差が見えてくる。物語では運ずと惣どに強要され手に入れた宝、鶴の織物の代わりに、つうが天に去り、与ひょうに残ったのは元の村の生活だった。諸行無常を謳った平家物語に通じるものがある。木下順二作、劇の初演は昭和二四年と言うから、戦争で大東亜共栄圏の夢が消えたむなしさを背景にしたのかもしれない。
(二〇一四・四・十一)