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「800字文学館」

最悪の旅

小寺 裕子

 だめな旅館が潰れないのは年末年始や週末の特別料金のおかげだ、とは星野リゾートの社長の説だ。
 それを実感したのが、三月の春分の日の連休だ。
 息子家族が小寺のルーツを尋ねて三月の連休に兵庫に行くと言う。一月に私と娘も便乗を決定。これが過ちの素であった。
 三月になり、息子夫婦の仕事が忙しくなる。息子は旅程をのんびりできるように変更した。
 出発二日前になり、宿泊先を尋ねると、予約を入れ忘れたとのこと。息子と手分けして調べたが、空いている兵庫県の温泉は皆無だった。一日前になって姫路郊外の夢前温泉の高い部屋が空いた。子供不可なので、私と娘だけ泊まることにして、息子一家は姫路駅前のビジネスホテルを予約。二泊以降は旅先で探すこととする。
 金曜朝4時半、出発の時刻だ。息子一家は十五分遅れ、驚いたことに御犬様もご一緒だ。爆発する私を「人間ができてないね。まだ余裕だから」と軽くいなす息子。
 結局、高速を飛ばして無事に羽田に到着したが、どっと疲れた。
 機内で一歳の孫はいい子にしているが、声は甲高い。私の隣の客は「うるせぇな」と舌打ちをする。余裕のない人が増えているな、と心が暗くなる。こんな時、母だったら男性に謝るだろうが、私にその余裕はない。
 レンタカーで神社などを巡り、宿に到着。部屋の露天風呂で寛ぐ。本館のお風呂に行くと、ドアを開けたとたん、塩素臭が鼻をつく。なんと消毒だけでなく、加水までしてある。これで「お湯自慢の宿」なんて謳っていいのか。
 翌朝、娘の手を引き、重い荷物を抱え、バスで姫路まで行く。もう一件の宿なら、駅まで送迎してくれるのに。
 昼過ぎやっと見つけた有馬温泉のコンドに向かう。目の前が金の湯だが、客が多すぎるのか、ここも循環、消毒である。
 というわけで、さんざんな旅になった。それでも知的障害の娘が「にいにいは当てにならないね」とか「ママ、疲れ取れたの」と言ってくれると、こちらの心も次第に解けてくる。旅は道連れである。

2014・4・11

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