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「800字文学館」

旅は鈍行

富岡 喜久雄

 旅は独りで鈍行と言うのが私のモットーだった。時は金なりのビジネスから離れ、金持ちならぬ時持ちになってからは、迂回だろうが夜行便だろうが安さ優先、新幹線も高速道路も避けてきた。

 ラオス駐在時に、止む無く乗ったタイ国鉄の鈍行にすっかり嵌まってしまった所為もある。バンコックからヴィエンチャンまで約十二時間、古い日本の国鉄車両を使った列車は、座席も木製で背もたれは直角、壁には川崎車輛製造と書かれたプレートまである。勿論トイレも自然流が懐かしい。
 車内販売は揚げパンにポットから注いでくれるコーヒーだけでも、親しげな小母さんの笑顔が優しい。だからその後も敢えて飛行機使わず、列車でヴィエンチャンまでよく行ったものだ。

 そんな一人よがりの掟を破らざるを得ない羽目が生じた。仙台の友人から、被災地を車で案内するから来ないかと言ってきた時のことだ。
 早速、鈍行、独り旅の旅程を組む。今はネットが便利で出発・到着を入れれば種々コースがでる。海岸沿いの常磐線は原発事故の影響で運行停止なので、東北本線はと見れば、朝十時上野発で五回の乗り継ぎ、午後五時仙台着と出た。
 これに決めて友人には鈍行利用は秘め、到着時間だけをメールした。直ちにホテルを予約した旨の返信が来た。

 さて当日は台風が接近し、早朝から風雨激しく家から出られない。友人に電話すると東北は静かで明日も問題なし、ルートも決めたから是非来いと言い変更を認めない。止む無く待つと、午後には台風も下火になったので、三時の新幹線を捉まえ、予定通り五時には仙台に到着した。
 だが、その旅の味気なさといったらなかった。コンクリートの防音壁を見ながらの、あっという間の二時間である。東北旅情など微塵もない。
 そこで、帰路は必ず鈍行と決め、翌日の友人夫婦の見送りを断った。
 素直に鈍行が好きだからだと言っても信じまいし、旅費節約と思われるのが落ちだと思ったからである。何しろ新幹線利用の三分の一なのだから。

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