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「800字文学館」

江の島の春

首藤 静夫

 四月中旬の江の島を訪れた。桜が終わり五月の白波(卯月波)が立つ前の、晩春の気配が漂っていた。
 それにしても人の多いこと。有名な行楽地とはいえ、その人出はたいへんなものだ。
 江の島の手前は片瀬海岸で、夏は海水浴客で混雑を極める。島に向かって右側は西浜と呼ばれサーフィンのメッカである。左側は東浜。対岸に漁港とヨットハーバーがあるため、こちらの海はレジャー船舶等で賑わう。そして真ん中が江の島観光の行楽客とそれを目当ての飲食店、みやげ物屋である。
 片瀬海岸と島を結ぶ弁天橋には、以前は飲食の屋台が数軒並んでいた。おでんや焼蛤・焼さざえで昼間から一杯やり、潮風に吹かれながら開放感を味わったものだ。それらの屋台がすべて消え、昔の雰囲気はなくなった。代わって生シラスを売り物にする店がやたらに増えた。中には列をなしている店もあり、にがくて生臭いもののどこが良くて?と驚かされる。
 弁天橋を渡り終え左に五分も歩くと港のエリアだ。これまでの人混みが嘘のように静かである。岸壁に腰掛けて舟や港を眺めながら回りの景色をスケッチする。屋台がなくなった今、江の島にきた私の一番の楽しみだ。
 この日は曇りがちで風がほとんどなく、海はとろりと眠っていた。
 目の前の漁船の小さな揺れやエンジンオイルの臭いが港の気分を引き立てる。帰ってくる小船のトコトコというエンジン音も心地よい。
 フェンスの向こう隣は有名なヨットハーバーである。大型の艇が目立ち、マストが高くそびえている。日焼けした男女が数人談笑している、映画の一シーンのように……。カヌーが海面をゆっくり滑っていき次第に小さくなった。
 その先は海も遠くの島も、白いヨットも人影も溶け合って霞んでいる。十月の海は紺と白の鮮やかさが気持良いが、春の海は長閑でおおらかだ。
 このような情緒を「十七文字」に託した。蕪村のようにはいかないが……。

 春眠や舳(へさき)のゆれに身をあはせ    しずを

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