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「800字文学館」

一枚の絵画から

池田 隆

 親しい友人のお嬢さんの絵が院展に入選したと聞き、会場まで足を運んだ。小倉遊亀、平山郁夫など著名な画家の絵につづき三百数十点の入選作品が並ぶ。
 全体として黄土色を基調とし、薄膜を透かして見たような落着いた感じの絵が多い。まずはお目当ての絵と、急ぎ足で作者名を順に追っていくと直ぐに分った。題名は「指定席」とある。
 一匹の黒白に近い三毛猫が朽ちかけた濡縁で後ろ向きに座り、首だけを回し、こちらを凝視している絵である。五十号ほどのキャンパスに描かれたその絵もやはり黄土色の色調であるが、背景の板戸や濡縁には日差しがたっぷりと注がれ、明るく温かい雰囲気を醸し出している。それだけに又、猫の鋭い目つきが際立ち、印象的である。
 作者には彼女が幼児の頃に一度会っただけであるが、立派な画家になられたものだ。その父親とは会社の同僚として長くつき合ってきた。彼自身はあまり絵を嗜まないが、御母堂は若い頃に横山大観の内弟子であったという。お従兄さんも名のある日本画家である。やはり血筋は争えないなと、絵を前にして様々な思いに駆られる。
 改めて周囲の絵と見比べると、構図の取り方に特徴がある。主題の猫が左下の四分の一のスペースに描かれ、他の広いスペースはのっぺりとした板戸と濡縁である。作者の意図は猫ばかりでなく、この無表情に見える部分にもあったのかと考え始めた。よく見ると、日の差した板戸には枯れた木の影が映っている。
 彼女がこの絵に掛けた思いは何だったのか、などと推理を巡らす。この絵のもう一つの主題は淡く影を落とす一本の木ではないか。それは柿の木だろう。ではこの木になり代わり時を追ってみよう。推理は一つの物語へと変貌していく。そのような切っ掛けで書いてみたのが、今年の『悠遊』に投稿した私の作品「指定席」である。
 私にとり初めての創作作品で稚拙な文章であるが、一枚の絵画から想像を巡らし、物語を作る手法とその面白さを見つけた気がする。

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