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「800字文学館」

マロニエ賛歌

志村 良知

 北ヨーロッパの冬は暗く長い。イースターはその冬が終わり、光溢れる春の到来を実感する嬉しいお祭りである。イースターが過ぎると夏の到来を告げるマロニエが咲く。樹形も葉っぱも花も特徴があり、巨木になるのでとにかく目立つ。フランスやドイツは勿論、東欧やトルコ、イタリア、さらにスイスの高原の町から北欧までどこでも見かける。
 マロニエは、日本の橡の木の近縁で葉も花も実も全てが似ている。実際ヨーロッパのマロニエの和名はセイヨウトチノキというのだという。樹形はマロニエの方が豊かで美しい。秋にパリの舗道に落ちている実を栗と思いこみ、ホテルの部屋のポットで茹でて齧りついたというシティーボーイの友人がいるが、確かにマロニエの実は大きく艶やかで美味しそうである。橡の実は大変な手間のアク抜き処理を経て食用になる。マロニエも同様処理すれば食べられると思うが、食べると言う話は聞いた事が無かった。

 アパートの寝室の前の大樹を家のマロニエと呼んで、その四季の姿を何シーズンにも亘って繰り返しつぶさに見ていた。マロニエは大きく樹形も良いので、四季それぞれの姿が美しい。花は、アルプスの南側での四月半ばから北欧の六月半ばまで、桜と同じようにそれぞれの場所の気温に応じて順次咲いていく。家のマロニエは四月末に咲き始め、五月の声を聞くと満開になった。
 白い花の一つ一つは小さいが大きな花穂なので、これも大きな深緑の葉っぱとのコントラストが美しい。花の次に素晴らしいのは黄葉で、巨木が夕陽に照らされるのは壮観である。そしてある日突然、ばらばらと葉が落ち始め、二日位で裸木になってしまう。木の下には堆く葉っぱが積もる。実は葉っぱより先、黄葉が一番きれいな時に落ちてくる。大きな実が高い所から落ちてくるので、この時期に木の下でぼんやりしているのは危ない。冬、雪が付いた姿も非常に美しい。
 日本でマロニエの大樹を見るのはなかなか難しい。残念なことである。

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