作品の閲覧

「800字文学館」

飛鳥の小径とアスカルゴ

平尾 富男

 四国松山藩に生まれた秋山好古が、当時出来たばかりの士官学校を受けるために上京した。その時の試験問題が、「飛鳥山で遊ぶ」の題で一文を物すことだった、と『坂の上の雲』にある。司馬遼太郎は記す;伊予の田舎出の好古は「飛鳥、山に遊ぶ」と読み替え、故郷道後の湯の里山に飛ぶ鳥を連想して回答を書き上げた、と。
 その飛鳥山、当時は勿論現在に至るまで桜の名所として名を馳せている。一方、京浜東北線の王子駅から上中里駅の間を線路に並行して、飛鳥山の山裾を沿う「飛鳥の小径」は地元の人以外には殆んど知られていない。本郷通り側から見る表の桜に対し、裏に当たるこの小道は冬のツバキ、6月のアジサイが見事なのだ。
 京浜東北線で最も乗客数が少ない上中里駅から本郷通りに向かって蝉坂を上ったところには、ミステリー作家内田康夫の『浅見光彦シリーズ』の舞台にもなった平塚神社がある。森に囲まれて、簡素ながらも由緒ある神社だ。
 昭和20年代からおよそ4半世紀の間、上中里駅と山手線の駒込駅の中間辺りに位置する西ヶ原に住んだ者としては、懐かしい場所である。当時、日本橋と飛鳥山の間を結び、途中東大赤門前や駒込を通る本郷通りには路面電車が走っていた。飛鳥山で池袋方面から来る現在の明治通りと合流し、王子に抜ける。
 最近久し振りに飛鳥山に遊んで驚かされたことがある。高齢者や障害者にも公園を楽しめるようにと作られた無料のモノレール(愛称「あすかパークレール」)が走っているのだ。16人乗りながら冷暖房が完備され、車イス、ベビーカーにも対応している。蝸牛に車両の外観が似ていることから、「アスカルゴ」という愛称がつけられたというのが面白い。王子駅を出て直ぐの公園入り口から山頂までの高低差約18m、レール延長48mを2分で結んでいる。
 秋山好古ならずとも、この土地に長く住み飛鳥山を愛した両親も、この巨大で愛らしいカタツムリを見たら腰を抜かすに違いない。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧