皇后陛下と『五日市憲法草案』
この4月、奥多摩の西に位置するあきる野市五日市の郷土館を訪れた。郷土館は小ぶりではあるが展示の内容は充実している。ここに、明治14年にこの地の人々で作られた憲法草案が展示されている。自由民権運動最盛期のこの頃、全国で四十幾つの「私擬憲法」といわれる草案が生まれた。『五日市憲法草案』はその中で最も優れた草案の一つといえよう。
この草案の展示コーナーに、2012年1月天皇皇后両陛下が来られた写真が飾ってあった。この辺鄙といっていい五日市の小さな郷土館に来られたことに一寸驚いた。その日の夜である。インターネットで皇后陛下がこの日の感想を書かれた文章を見つけた。それを読んでまた驚いた。
昨年10月皇后陛下79歳の誕生日に際し、宮内庁記者会からの質問に答えて回答文を寄せられている。この最初の部分に「五日市郷土館」でご覧になった『五日市憲法草案』についての感想がかなりのスペースを割いて書かれていたのである。
「明治憲法の公布に先立ち、地域の小学校の教師、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた憲法草案で、基本的人権の尊重や・・・近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた強い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。・・・市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」
あの小さな郷土館の小さな展示コーナーをご覧になって、これだけのことをお感じになり深く思われたことに感動した。私が、この『五日市憲法草案』の存在を知ったのは6年前である。そのとき受けた感銘はやはり大きかった。
皇后陛下が、憲法論議のますます盛んになる現状を承知されながらも、敢えて発表されたお気持に敬服する。それは、憲法についていかなる立場に立とうとも、130年以上前に全国の隅々で国の未来を我が事として論じていた先人たちの初心を、大切にしたいというお気持ちではないかと私は思う。