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「800字文学館」

魚追ひしかの海は(2)

首藤 静夫

 九州の海辺の村で育ち、子供の頃に地引き網漁を手伝って小魚を沢山もらった話を前回書きました。地引き網に限らず小魚はしばしば手に入りました。親しい漁師さんが、前日仕掛けた網を翌朝に引揚げて帰る途中、売り物にならない雑魚をわが家に置いていってくれたのです。昭和30年頃のことです。
 頂くものの多くは、キス・メゴチなどの白身魚や小アジ・コノシロなどの青身魚でした。
 白身はほとんど煮つけでした。母の料理は豪快です。下ごしらえの後、種類を問わず大鍋に入れ、醤油を一升瓶の口からドブドブ注ぎます。砂糖なども適当にぶち込むといった感じで、その都度辛かったり、甘すぎたりでした。これで数日食べるのです。何度か温め直すので身くずれを起こしました。
 天ぷらや塩焼きなどはしません。手間がかかるうえ作り置きに不向きだからです。昔の親たちはみんな忙しかったですね。もっとも、獲れたての白身魚を煮つけるのですから今思えば贅沢な話です。

 青身は3枚に下ろして刺身に切ったものを、ネギなどの薬味を加えて醤油漬けにします。刺身が泳げるほどの醤油の量でした。南国では魚の保存は塩よりも醤油が多く使われます。冷蔵庫がない時代ですから2,3日持たせるために醤油は必須でした。
 食卓に上がるものは魚や漬物が中心で、毎日飽きもせず食べました。肉はまれに鶏をつぶす程度、加工食品はカレーなど一部でした。それでも貧しいとか辛いと思った記憶はありません。どこの家も似たり寄ったりでしたから。
 こうして醤油の濃い味に舌が慣らされるのは当然ですね。東京育ちの妻が私の実家で初めてそれを目にした時の驚き。私は若い頃から高血圧でしたから妻はそれで合点したようです。以来、醤油をもっと入れろ、入れない、のやりとりが妻との間で繰り返されています。折角の美味しそうな刺身も減塩醤油で食べる寂しさ……。
 最後は、思いきり濃い醤油味でキスとメゴチの煮つけを食べたあとコロッといきたいものです。

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