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「800字文学館」

湯治場の正月風景 ― 真澄の日記から

大月 和彦

 江戸時代の旅行家菅江真澄は大滝温泉(秋田県大館市)で越年し、正月行事や湯治場の様子を記している。

 元日の朝、湯元に村人が続々とやって来て祝いの詞を述べ合う。
 どの家でも二枚の餅に味噌を挟んだあわせ餅を食べ、はがためをして長寿を祈る。御魂(みたま)の飯、ゆずり葉と五葉の松を挿し折敷(おしき)に盛った鏡餅、機織りの神を祀る苧小笥(おこげ)餅などを供えてハレの日を祝う。
 門づけがやって来て家ごとに祝詞を述べ賑やかに舞う

 七草粥は、中に入れる七品の菜は何でもいいとされ、雪国ならではの知恵を働かせている。
 7日の夜は、お日待ちで、湯の神祭りの前夜祭。夕方、村人が村長(むらおさ)の家に集まる。油火が照らす中に銭を積み、どんづく、たからびき、六半などの博打に興じ、夜が明けるまで続ける。この日ばかりは村長は見逃している。
 8日、午を告げるホラ貝を合図に、自分で醸した酒を持って湯元に集まり、宴が始まる。酔いが進むと「おっつけ舞いはみっさいな」のお囃子ではじまる「押付舞い」が始まる。
 男が股間にすりこぎを結びつけ、前垂れで隠し、頬かぶりをして、身振り手振り面白おかしく舞う。「…こっちの姉ちゃの尻たくり、あっちの姉ちゃの尻まくり、おっつけた、おっつけた…」。きわどい唄に合わせて男も女も踊りを楽しむ。
 19日の夕方は苧小笥餅あぶりの行事。一軒の家に若い女たちが集まり、機織りの神を祀り、供えた餅をあぶって食べ、酒を飲む。別の家に男たちも集まり、酒を飲みながら、餅を食う。「昨日まではやい、五尺むしろにひとりねた こよいうれしやふたりねる」と歌う。

 湯治場の正月は、五穀の豊年を祈る「田植初め」や「鳥追い」などの行事が行われた。同時に、厳しい農作業から解放された村人にとって骨休めの時期だった。あけっぴろげで、おおらかな雰囲気のなかで、自由な男女関係が楽しめるリクリエーションの場だった。

 休・廃業の旅館が目立つ大滝温泉街の中心地に湯元の大滝神社があり、「菅江真澄の道」の標柱が建っている。

(14・5・22)

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