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「800字文学館」

はーべんじーあいんつぃんまー

志村 良知

 90年代、5月、40何回目かの誕生日。三連休で、前日に家を出てロマンチック街道観光の目玉の町ローテンブルクで一泊した。翌日町を半日観光した後、ミシュランガイドのドイツ版で今夜の宿を探した。
 そこから田舎道をを50キロほど行ったバッド・メーゲントハイムという町のホテルはレストランがミシュラン星一つで、誕生日のディナーにふさわしそうである。星付きレストランがあるなら英語が通じるだろう、バッドというからには温泉プールもあるかもしれない。
 電話すると若い女性の第一声がドイツ語だったのは当然として、どこまで行ってもドイツ語しか返ってこない。意を決して「はーべん・じー・あいん・つぃんまー・でぃーぜ・なはと」などとやってみると、通じた模様である。そこからは冷や汗と脂汗、しかし、何とか予約し、電話を切って連れ合いの顔を見ると、心なしか尊敬のまなざし。

 着いてみると、そこは林の中の小さな城館風ホテルで、フロントでも徹底的にドイツ語責めだった。ロビーの隅にはエアロバイクやトレッドミルがあり、案内された部屋には紫外線ランプの日焼けコーナーまである。当時は知らなかったので、何だこれは、とわけが判らなかったが、後でドイツ人は温泉となるとこうした健康志向に走るらしいことを知った。ホテルにプールは無かったが、町には大きなクアハウスがあった。

 ドイツ語のメニューでは、解読失敗でいろいろな目に遭っていたので、用心のため辞書を持ってレストランに行ったが、流石はミシュラン星付き、英語を話すヘル・オーバーがいて世話をしてくれた。白アスパラがコースの全部に入っているという初夏限定メニューを頼み、ワインリストから手頃なシルバーナ・トロッケンを選んだ。アスパラは、スープには裏越し、手長エビの香草ソースには添え物。子羊は揚げたアスパラに載って出てきて、皆美味しかった。しかし、デザートのスパーゲル・アイスは「ちょっとね」だった。

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