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「800字文学館」

ノルマンディ海岸のカジノ・ホテル

志村 良知

 1944年6月6日、アイゼンハワー指揮する18万人の連合軍兵士が、海と空から北フランスのノルマンディに殺到した。戦史に残るノルマンディ上陸作戦である。
 戦闘が最も激しかったのは、作戦名「オマハ」の海岸で、その激戦は映画『史上最大の作戦』や『プライベート・ライアン』にも描かれている。

 オマハビーチの中でも上陸軍死傷者が多かったのは、海岸から内陸への通路の谷がある作戦名「ドックグリーン」地域である。ここへの第一陣第一波は、上陸用舟艇が海岸に着いて5分で全滅してしまった。
 その激戦の谷の入口には、1994年に建てられた作戦50年記念碑があり、カジノ・ホテルはそれと向かい合うように建っている。戦前には保養地ヴィーヴィル海岸として知られた頃からこの地にあり、激戦と欧州進攻の大補給基地だったオマハ海岸も見続けてきたホテルである。レストラン併設の木造の二階建てで部屋数は10余り、名に反してカジノはない。二階の窓からは、補給基地時代の桟橋が半ば沈んで傾いたまま残されているのが見える。

 オマハビーチの砂の上で、あの日そこで散った兵士たちを悼む時間を過ごした後、ホテルに戻り、おかみさんにバーを開けて貰う。ノルマンディではリヴァロをつまみにカルバドスを飲もうと決めていたのだ。
 ここから一寸離れたリヴァロ村産のそのチーズは、じっとりとした外皮を葦できっちりと巻かれている。その枯葉からの納豆菌のせいか、ウオッシュタイプチーズに納豆を混ぜたような匂いがする。薄切りのパンにサンメール・エグリーズ産のバターをたっぷり塗り、リヴァロの外皮を破って柔らかめの中身をスプーンでこれもたっぷりすくって乗せる。顔に近づけると落語『酢豆腐』の世界である。口に入れるとスカトロジーにも例えられるチーズ界最凶の匂いとは裏腹のまろやかな味が広がる。
 他所で食べるリヴァロは臭くてしょっぱいだけであるが、流石に旨い。カルバドスをダブルでもう一杯。

注・カルバドス=りんご酒を蒸留して作った焼酎。ノルマンディのこの地方をさす地名でもある。リヴァロもサンメール・エグリーズも村の名前をブランド名としている乳製品の名品産地であり、ノルマンディの戦いの古戦場でもある。

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