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「800字文学館」

「ひへらん」

野瀬 隆平

「ひへらん」て、何のことでしょう。四つの平仮名文字、「ひ」、「へ」、「ら」と「ん」です。

 火事と喧嘩は江戸の華と言われました。喧嘩はともかく、火事は江戸に暮らす町民のみならず、政を行う幕府にとっても、大きな悩みの種でした。江戸時代、町は何度も大きな火災に見舞われています。
 度重なる大火災のあとに、大名火消や常火消が幕府により創設されました。しかし、江戸の町の拡大、発展に、消火態勢が追いつきません。享保年間になり、かの有名な大岡越前守によって、「町火消」が整備拡充されました。町人が費用を負担し、とび職が中心になって消火活動をすることになったのです。

 町ごとにできた火消の組に付けられた名前が、ご存知の「いろは…」です。例えば「い組」、「め組」といった具合です。
 しかし、四十八文字がすべて使われたわけではありません。火を消しに行くのに、「ひ」の文字が入った纏を振りかざして火事場に乗り込むわけには行きません。そこで「ひ組」は無かったのです。「へ」も少々具合が悪いですよね。「ん」も最後では気勢が上がりません。
 三文字の他にも、使われなかった文字が一つありました。それは「ら」です。なぜ、「ら」が除外されたのでしょうか。理由は定かではありません。しかし、次のような説が一般に流布されています。除かれた四文字を組み合わせると、「ひへらん」(火減らん)となり、火事が減らない。これでは困ります。そこで、縁起を担いで、「ら」も組の名前から除いたというのです。

 ところで、隅田川の西側、お城に近い方に配備された町火消しの名前として「いろは…」が使われましたが、深川、本所や向島など川の東にある組の名前には、平仮名文字ではなく数字が使われていたようです。
 先日、隅田川の東岸にある堤通を散策していたら、纏の真ん中に「七番」の文字が書かれた纏が公園に飾られていました。勿論、江戸時代の本物ではなく、少々大きめのレプリカでした。

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