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「800字文学館」

絶品!うなぎの蒲焼

稲宮 健一

 徳川慶喜が鳥羽・伏見の戦いで敗れ、江戸に戻って来たとき、まずうなぎの蒲焼を所望した。慶喜のお好みは、江戸の味うなぎの蒲焼と、気風のいい新門辰五郎の娘お芳だったと言われている。うなぎの蒲焼、にぎり寿司は江戸食文化の華だ。
 今、銀座や、日本橋にあるお店は敷居が高く、よそゆきで、大枚はたいて贅沢する感じだ。かつてはよしず張りの店の正面に炭のコンロがあって、店の親父がうちわであおぎながら、うなぎから昇る煙を、店の外と、内に流して客を呼んでいた。

 あの何とも言えない蒲焼の香りほど食欲をそそるものはない。脇役とは言え、たれは店の家宝で、焼いているうなぎをたれの壺に漬けて、うなぎの味をたれに吸い込ませてはたれに磨きをかけ、少し減った分を注ぎ足し、店自慢の味と誇っている。

 蒲焼のうまさは油ののりきったうなぎに家伝のたれを付けながら、炭火でじっくりと焼き、あめ色に柔らかく焼きあがったうなぎと、たれが良く混ざったごはんとの総てが織りなす味から作られる。デパ地下ではパックにして、手ごろな値段で売っている。しかし、このうなぎをご飯の上に乗せて、たれを掛けても店の味と似て非である。
 少し前に「試してガッテン」で、パックから取り出し、お湯に漬け、柔らかく戻してから、再び温めてうな丼を作る秘訣を披露していた。お店の半分ぐらいの味にはなる。

 そのうなぎが先頃、国際自然保護連合(IUCN)で絶滅危惧種の上位に指定された。これは大変だ。一方、水産総合研究センターでは二万八千匹のうなぎ孵化仔魚をシラスうなぎに育てることに成功したと報じた。いまや、国内で、産卵、仔魚(レプトセファルス)、シラス、成魚の養殖サイクルが完成したのだ。次は研究室と企業を結びつける資金と人材の投入が課題だ。江戸時代から続けた食文化を守るため、官民挙げ投資をして欲しい。元は二十年、三十年単位で回収すれば次世代に感謝される。鮭だってできたのだから。

(二〇一四・六・二〇)

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