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「800字文学館」

釜山のフグ屋にて

首藤 静夫

 この五月、釜山と慶州に友人たちと小旅行をした。
 日本の原風景のような田園や古都慶州の静かな佇まいなどを満喫し、気分よく釜山に戻った私たち3人は、最後の夜、フグを味わうことにした。
 韓国には、フグ刺・鍋なども勿論ある。が、肉厚のフグを網焼きにして独特のタレで食べさせる、これが目当てだ。
 予約不要とのことで、ぶらぶら出かけたら意外にも混んでいた。日本語が通じるはずだったが、一人のオモニ(おばさん)が片言話すだけだ。
 身ぶり手ぶりで、メインのフグ焼きなど幾つか注文した。
 最初は刺身をと頼んだのに、唐揚げがドーンときた。次いでお決まりの、前菜の小鉢がバラバラと卓上に並ぶ。
(フグ屋の雰囲気には遠いが、仕方ないか)
 しばらくすると、ぶつ切りの乗った大皿がきた。
 待望の網焼き! 3人の顔がほころぶ。
 ところが様子が変だ。網でなく鍋がきた、そして山のような野菜が。それをフグと一緒に炒めはじめた……?
 フグのプルコギだったのだ。文句をつけたいが、言葉は通じないわ、大人げないわ、で私たちの神経が次第に尖ってきた。
 成田から持ってきた「八海山」を取り出し、持ち込みOKかと聞くが要領を得ない。エェままよ、と勝手にやることにした。コップを頼むと卓にあると指さす。銀色の、茶碗よりはやや小型の金属ボウルだ。それでどうぞということらしい。
(こんなんで飲むの?)

 フグはそれなりに旨く、酒もまわって調子がでてきた。
 その時だ、それまでもの静かだったY君が、これはフィンガーボウルだと言い始めた、以前使ったことがあると……。
 互いに顔を見合わせる。三人のテンションがまた下がってくる。
 日本酒がおわり、店の酒を注文した。すると冷酒用のちゃんとしたグラスが出てきたのだ。
(何だ、あるのなら最初から出せよ!)
 翌日、空港で出発まで寛いでいたら、Y君が昨夜のことを持ち出した。あれ、やっぱりフィンガーボウルだよ。
 釜山はこれが一番の思い出になることだろう。

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