作品の閲覧

「800字文学館」

抽象画家クレー

川口 ひろ子

画家パウル・クレーを知ったのは24年ほど前、全15巻からなる「モーツァルト全集(小学館)」が刊行された時のことだ。各巻頭の口絵がクレーであった。
クレーって誰? モーツァルトとの関係は? 何でも知りたい私・駆け出しモーツァルティアンは、早速参考書などを買い求めて、以下のことを知った。熱烈なモーツァルト愛好家で、自身もヴァイオリンの名手であったクレーの絵には、必ず音楽の要素が入っていて、様々な作曲技法を絵画に変換させた作品を描いている。
音楽も絵も基礎知識に乏しい私、複雑怪奇な抽象画や「音楽と造形芸術の共通点は、共に時間的であることだ」という、彼の言葉に、頭は混乱するばかりであった。そんなわが身を憂い、知の森に分け入って行こうとすると、迷子になりそうで恐ろしい。

5年程前「20世紀の始まり ピカソとクレーの生きた時代展」が開催され、クレーの大作「リズミカルな森のラクダ」が、ドイツより来日した。
抽象性の強い音楽や絵画などは、人の感性に訴えるもので、理屈では説明しにくい。訴えてくるものをこの身で受け止めれば良いのだ、と、自分に言い聞かせ、半日間、絵の前を往たり来たりして過ごした。
図案化された5線紙の上に水玉の木立が並ぶ。赤、緑、灰色、くぐもった色の配列や変化のバランスが絶妙だ。よく見ると、森の中を歩くラクダの姿が浮かび上がる。鼻から口、顎にかけての飄々とした線や、淡く煙った色合いは、大好きなモーツァルトの「ファゴット協奏曲」を連想させる。
帰宅してCDを聴く。ゆったりとしたテンポはラクダの歩みを髣髴させ、ファゴットのどこか破れたような低音は、ラクダのつぶやきに聞こえるから不思議だ。絵と音楽、両者の関係は奥が深く難解であるが、ラクダに体当たりして感じた私の結論は、まことにお気楽なものだ。

 モーツァルトに導かれて私の前に現れた抽象画家クレーは、こうして解らないながらも好きな画家の1人になった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧