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「800字文学館」

有元利夫とモーツァルト

川口 ひろ子

 画家有元利夫は1946年生まれ。秀でた才能は早くから評価され、卒業制作「私にとってのピエロ・デラ・フランチェスカ」は、大学買い上げとなった。その後も「花降る日」や「室内楽」で安井賞を受賞など、活躍を重ね、輝かしい将来を期待されたが、38歳の若さで肝臓癌により他界した。

 有元の名前を知ったのは20ほど前、モーツァルトのCDを買った時だ。この盤のジャケットを飾っていたのが、縮小印刷された有元の「星の運行」と題する絵であった。
 私は、モーツァルトの古風な「調べ」が、もの寂びた色の「絵画」という別次元に再現されているこの絵に魅了された。絵はこのジャケットのために書かれたものと思っていたが、後に、元になる作品のあることがわかり、会える日を楽しみにしていた。

 4年ほど前の夏、「没後25年 有元利夫展」が、東京都庭園美術館で開催され、ついに「星の運行」と会うことが出来た。実物は、CDの10倍ほどの板の上に岩絵具を使って描かれていた。
 絵面上からハの字型に3色の幕が下がっている。中央に赤いドレスの女性が立つ。不機嫌そうな顔が不気味だ。更にその下に半透明の紙風船風の球が描かれている。花びらの舞う中、人も球も宙に浮いている。
 朱色、墨黒、灰色、くすんだ色合いは、印刷物よりもはるかに柔らかで、絵肌の、しとりとした質感が、イタリアの修道院などに見られるフレスコ画を連想させる。
 じっと見つめていると、身体ごと吸い込まれてしまいそうだ。
 熱烈なクラシック音楽ファンであったという有元に倣い耳を澄ます。響いてくるのは、モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲の第2楽章。ヴァイオリンが華やかに問いかけ、ヴィオラが静かに答える。響きの中からこみあげてくるもの憂い哀しみ、胸に奥が締め付けられる思いがする。

 待ちこがれた絵に会い、若くして逝った2人の天才に思いを馳せ、まことに稔りの多い1日を過ごした。

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