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「800字文学館」

涼しさを呼ぶ高い木々

稲宮 健一

 軽井沢駅から小川に沿ってささやきの小径を歩いて半時間程で、今日の宿、万平ホテルに夕刻着いた。川沿いは古い別荘地で、各々の家の様子はそれなりの古さと独自な構えで雑然としているが、いずれも広い敷地は木々に囲まれ、林の中を柔らかい気分で歩いた。
 午前中訪れた千住博美術館は建物の高さぐらいの色々な色彩の木々が、花器に盛られた生け花のように、建物と調和して美術館の外側を飾っていた。千住博の絵の主題、流れる水は、滝を流れる水が本物より本物らしく幻想的であった。丁度、保元平治の乱の戦時絵巻の炎が、速水御舟や、川端龍子によって現代に蘇ったように、この水の流れも画壇の新境地と後世に伝わるだろう。
 翌朝、ホテルの周りを歩いた。四階建を覆うように、ぶな、楢、檜、欅であろうか、高い木々に囲まれた裏庭は涼しげで、清々しい気分が味わえた。ホテルから出て、テニスコートを通って、旧軽井沢の商店街に出ると、石畳に照りつける日差しは真夏の暑さであった。

 次の日、夕立の通り過ぎたあと、夕暮れ少し前に小諸城址懐古園を訪れた。駅の隣、少し下って立派な御門をくぐると、右手に高い石組みの擁壁があり、見上げるばかりの高い木々の天井から日差しが漏れる緑のトンネルになっている。その中、石畳の上りの道が公園の奥へと導いてくれる。中には樹齢五百年を誇る大木があたりを圧し、城の歴史を語っている。勿論藤村の「千曲川旅情のうた」の石碑を見て、城の高台から眺める千曲川が佐久平になだらかに消えて行く風情は詩情を呼び起こす。

 高く天に伸びる木々は、停年まで勤めた平塚の東海大学のキャンパスにもあった。松前重義はキャンパスの欅は枝を切ってならないと教えた。今やキャンパスを入ると、校内の欅は見上げるばかりの枝ぶりで、何か若い力でどこまでも伸びてやろうと言う気持を掻き立てる。スポーツでは柔道の山下泰裕、巨人監督の原辰徳をはじめ多彩な人材を送り出している。

(二〇一四・八・十四)

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