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「800字文学館」

映画 パリ・オペラ座の『フィガロの結婚』

川口 ひろ子

 今春オープンした商業ビル「コレド室町」にある「TOHOシネマズ日本橋」で『フィガロの結婚』を鑑賞した。
 パリ・オペラ座で2010年に上演されたオペラを映像化したもので、すでに昨年DVDでも発売されているが、私ははじめて観る映画だ。

 モーツァルトの『フィガロの結婚』は、自由、平等、博愛の理想を掲げて起こったフランス革命とほぼ同時期に、ウィーンで初演された。
 貴族社会の終焉というこの時代の空気を見事に表現したオペラとしての評価は高く、今日まで人気の衰えることはない。

 下僕フィガロの結婚を巡って繰り広げられる上を下への大騒ぎ、若手フィリップ・ジョルダン指揮によるオペラ座管弦楽団の演奏は、重たく、テンポ感がない。指揮者、オケ、共に、軽快なモーツァルトは、得意でないのかもしれない。
 18世紀の貴族の邸宅をイメージした伝統的な舞台装置が見事だ。1幕は半地下の物置のような使用人の部屋、2幕は豪華な伯爵夫人の寝室、3幕は広々とした伯爵の書斎と変わるが、当時の身分制度がどのようなものかが、視覚的にも、的確に説明されている。
 故ジョルジュ・ストレーレルによるこのプロダクションは、40年前のものをそのまま使用しているというが、柔らかな色調の装置、絢爛豪華な衣装等、今日迄も通用する逸品だ。

 歌い手は、主役から脇役まで、世界のトップメンバーを集結した豪華版だ。私の御贔屓のフィガロ役のルカ・ピサローニは、終始、怖い顔をして伯爵(権力)に歯向かう。もう少し、彼の得意な三枚目的な、愛嬌のあるフィガロを演じてほしかった。
 ほかの歌い手たちも、滑稽味、したたかさなど、もっと豊かな表現力を持っているのに、保守的な演出と、乗りの悪い演奏に合わせて、抑えて演じているようで、勿体ないと思った。

 新装なったシネコンでのお披露目上映は、オペラファンの裾野を広げるためであろう、伝統的な舞台の映像だ。今後どのような意欲作が現れるか、期待が膨らむ。

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