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「800字文学館」

海野宿

稲宮 健一

 この夏、軽井沢から少し足を延ばして、北國街道の宿場町であった海野宿を訪れた。しなの鉄道の田中駅を降りて、小川沿いの細い道を歩いて十五分程で、海野氏の産土神を祀った白鳥神社に達した。境内は村祭りに丁度よい広さで、周りには樹齢七百年の天を覆う巨大な欅が茂っていた。後白河法皇の皇子、以仁王から発せられた平家追討の令旨に応じて、木曽義仲が挙兵する折、海野、滋野の地侍がここに集結し、神社の前の河原は鎧兜の騎馬侍、多くの侍、槍、刀、幟で埋め尽くされた故事があった。

 白鳥神社を出て、海野宿に入ると江戸時代かと思わせる弁柄色の縦格子が入った窓や、イhが上げられた屋根もある家々が、用水路や植え込みを含んだ六メートル程の道を挟んで、ずうっと両側に連なっている。これぞ昔の宿場町の情景だ。それもそのはず、一九八七年にここは重要伝統的建造物保存地区に選定されている。家々の情緒を味わいながら足を進めると、町の外れまで半時間程かかる。毎年十一月二三日には海野宿ふれあい祭りが催され、江戸時代の衣装に扮した時代行列が練り歩くとのことである。

 これだけ観光資源が揃っているにも拘わらず、尋ねた当日は殆ど人影がない。宿場の資料を集めた資料館はお年寄りが一人木戸を預かっているだけ。家並みの内側をじっくり見せる良い機会なのに、資料館の内部は展示物が雑然と並べてあり、埃りっぽくさえ感じられた。店らしいものは、二、三あるのみ、しかも、生活用の車が我が物顔で通っている。

 もっと賑わいの観光地にならないか。例えば、白鳥神社では源氏の挙兵をイラストや、ビデオで紹介して、シニアの語り部がいたら魅力的だ。そして、海野宿では車を締め出し、道に縁台や、日傘を置き軽い飲食しながら、昔の雰囲気を味わえるようにしたらどうだろうか。それに、お土産店や、軽食店もあってよい。

 気の利いた旅行会社なら、乾坤一擲、これだけの観光資源を生かす秘策を打ってくれるのでないか。

(二〇一四・九・十一)

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