作品の閲覧

「800字文学館」

エントロピー って知ってる?

池田 隆

「エントロピー って知ってる?」と中校生の孫から尋ねられた。広辞苑で調べたが、よく分らないという。それを商売道具にして蒸気タービンの設計を行っていた私だが、彼には何と教えたら良いのだろうか。考え考え説明していく。

「エントロピー」は「エネルギー」と関係の深い、同じ物理学用語である。エネルギーは運動エネルギーや位置エネルギーなど、様々の形態に変化する。熱から動力を取出す蒸気機関が発明されると、その効率を良くするために「熱力学」という学問が生まれ、熱もエネルギーの一形態であることや、その特性が明らかにされた。
 種々のエネルギーは相互に他の形態に変りうるのだが、熱エネルギーだけは、その一部しか他の形態に変わることが出来ない。従って変換を繰返すと、最後は必ず熱エネルギーになる。そこで、変換の際に発生する熱量(注1)を、特に「エントロピー」と名付け、無駄な熱発生を減らすための設計計算に用い始めた。
 その後、物質を構成する各分子の運動エネルギーの総和が「熱」の正体で、エントロピーは分子が整然な状態から乱雑な運動状態(カオス)に変る度合を示す事も分ってきた。閉じた系(注2)では何かの変化があれば、全体ではエントロピーが必ず増大する。その一方通行の法則は「エントロピー増大則」と呼ばれ、熱力学だけに止まらず、情報や生命など、あらゆる分野にも通じる深遠な哲理と考えられるようになる。
 エントロピーの小さい状態は一般に整然としていて価値が高い。冷蔵庫の氷が元の水より貴重なのは、冷蔵庫が多量に放熱しなければ整然とした氷結晶を得られないからだ。その時、冷蔵庫の内部と外部を合わせた閉じた系で、エントロピーは必ず増大している。
 生命が大切なのも同じ理屈である。中国故事の「覆水盆不帰」も…。

 と、説明に熱を入れだしたが、相手の頭の中はカオス状態になり、エントロピーが増大し始めたようだ。効率の悪くなった話は其処までとする。

注1 厳密には熱量を絶対温度で除した値
注2 「閉じた系」とは周囲と熱や物質の移動がない隔絶された範囲のこと

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧