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「800字文学館」

沖縄今昔紀行

池田 隆

 那覇行きの便に乗り込み、座って目を閉じていると、学生時代に訪れた沖縄の情景が頭に浮かんでくる。
 原色のペンキを塗りまくった壁とトタン屋根のバラックが雑然と建ち並ぶ基地の街。大勢のGIが闊歩し、軍用車が砂ほこりを巻上げ爆走する。石垣島の民宿では雨戸を閉め切り、畳の上を飛び跳ねる蚤の捕獲に熱中しながら、台風の通過を数日間も待ち侘びた。
 当時は米軍政下でビザを必要としたが、船で鹿児島から本島に渡り、さらに八重山諸島へと、天気任せの気楽な長旅だった。

 今回はその時以来、五十数年ぶりの訪問である。変貌ぶりを見てみたい。空港を出て、まずはレンタカーで首里城へ。琉球王朝時代の建物が復元され、往時の衣装を纏った案内人が親切に説明してくれる。武力に頼らず、交易主体に中国と薩摩藩の狭間で数百年も存続した小国の歴史には興味を覚える。
 翌日、翌々日は本島中西部のムーンビーチに建つホテルを基点にして、名所旧跡を巡る。迫力ある万座毛岬、巨大なジンベイ鮫が泳ぐ水族館、東シナ海を眼下に見渡す今帰仁古城、霊気漂う斎場御嶽(セーファウタキ)、沖縄戦跡の広大な平和祈念公園、ひめゆりの塔、等々。
 どの施設も本格的でよく整備運営されている。それら以上に感動したのは車から見た美しい景観である。白や橙色の家屋が点在する緑豊かな丘陵と青い大海原はハワイやリビエラにも劣らない。色とりどりの花を付ける街路樹が続き、快適なドライブを満喫する。半世紀前のあの荒廃した島の様子は想像すら難しい。
 本島の四半を占める米軍基地が目につかない。百聞の普天間、嘉手納、辺野古のキャンプを探し当て一見する。その周辺には昔の基地の雰囲気が一部残っていた。
 最後に訪れたのは残波ビーチ。砂浜一面に小指大の珊瑚の砕片が打寄せられている。その中には此処で戦った両軍兵士たちの人骨も混じっているかも知れない。自然の力と人間の愚かさ、背後の砂糖きび畑はザワアザワアと揺れていた。

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