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「800字文学館」

胃カメラのはずが

首藤 静夫

(早く先に進めよ。苦しい)
 いつもなら胃カメラは割合スムーズに食道や胃に達して楽になるのだが、今回はノドのあたりに留まって進まない。吐き出しそうになるのをこらえ、イライラしていたが、ふと気づいた。
(ついに俺にも来たか)
 咽頭などノドのあたりにできるポリープで闘病している知人が何人かいる。食道や胃を検査するつもりでやった内視鏡だが、まさか入口でひっかかるとは。心の準備がなかった。
 モニター画面を真剣に見る。すでに胃部が映し出されている。突起がいくつか見える。
(あっ、ポリープじゃないか!)
十二指腸まで行ってやっと終了。長く感じられた。ドクターのデスクに呼ばれる。何をいわれるか気が気でない。
「首藤さん、お疲れさまでした。ところで、あなたはカラオケなどを激しくやってますか?」
「カラオケですか? たまには行きますが激しくといわれても。最近はほとんど……。」
「おかしいな。ノドを酷使しなければこうはならないのだけど」
(やはり悪いのだ。困った)
「あの、相当に悪いのでしょうか?」
「ノドに炎症痕が見えます。応援部とか歌手がなるやつです。胃のポリープは大丈夫ですよ」
 胃の方はほっとした。ノドは、いわれて思い当たることがあった。
 お笑いタレントが司会のテレビ番組で「ボイストレーニング」が紹介されていた。音域が狭い、高音が出ないという人向けのカラオケ練習法である。曲の一番高い音だけで、お経のように全部をフラットに歌う方法だ。試験台の女性タレントが、簡単な指導で見違えるようになった。
 これはいい、と早速始めた、自己流で高音だけを無理に出して。胃カメラは練習を始めて二ケ月後だった。
 実は、とその旨ドクターに話した。年甲斐もなくという目で見られ、練習もカラオケも即禁止、耳鼻咽喉科受診を指示された。
 カラオケ好きのKさんやSさんが、このペンクラブに入会され、お付き合いで歌う機会が増えると張り切っていたのに残念だ。カラオケ上達への道は遠い。

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