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「800字文学館」

エレベーターの恋

濱田 優(ゆたか)

 昭和50年代の10年間、私が勤めていた会社では新卒男子をほとんど採用しなかった。石油化学専業だった会社はオイルショックの直撃を受けて事業基盤が揺らぎ、人員削減を含む大幅なリストラに取り組んでいたからである。
 この間、女子は毎年寿退社などの自然減を補う採用を続けていた。大半は顧客筋に頼まれた縁故採用である。
 フレッシュマンが7、8年も入らないと、会社は30を超えオジサン予備軍とオジサン、オジイサンばかりになる。
 若いOLは会社の男性と話が合わず、心ときめく相手もいないからお洒落をする気にもれない。学生時代の女友達と会って、若い男のいるオフィスの風景や刺激的な社内恋愛の話を聞くと自分の不遇をかこちたくなる。

「社長秘書のM絵が寿退社をするそうだ。相手は近くの男らしい」
 という耳寄りな噂が流れたのはそんな頃である。M絵はやや古風な美人で社長のお気に入り。彼女の同期に二人の馴れ初めを聞いた。
 社長が出かけるとき、彼女は鞄を持って6階から地階駐車場までお供する。そのエレベーターで出会った男に見初められた。相手は同じビルの最上階にいる大手建設会社の社員。ある時偶然に乗り合わせた彼女に一目惚れする。その後見送りの時間を見計らって乗るようになった。でも、社長が横にいるので声は掛けられない。間もなくM絵は彼に気づいたが、好みのタイプだったので、自然、二人は目で挨拶を交わすようになったという。

 その手があったか――。そう思ったOLもいたようだ。エレベーターに乗るために、ある腰の重いお局の動きが軽くなった。急ぎの乗車券を受け取りに、嫌な顔をせずに駅前のJTBまで一走りしてくれたりする。いい傾向だと喜んだものの、それはほんの2、3ケ月。柳の下に二匹目のドジョウはいないとわかると元に戻った。
 女性が輝きを取り返し、恋話もある普通のオフィスに戻ったのは、会社が苦境を乗り切り、新卒男子の採用を再開してからである。

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