杞憂の産物、ノーベル賞
2014年のノーベル物理学賞は三人の日本人科学者に授与された。
ノーベル賞はスウェーデン人のアルフレッド・ノーベルがダイナマイトで得た莫大な財産を基金としている。そして、ノーベルの基金設立動機は大量殺戮兵器の発明への贖罪である、と巷間広く伝えられている。
1888年、死の8年前、兄と間違えられて.死亡が報じられたとき、ダイナマイトが使われた普仏戦争の敗者フランスの新聞に「死の商人」という見出しを付けられたことが直接の動機だという。
ダイナマイトは、爆破作業を安全に行う爆薬として発明され、大規模土木工事や鉱山で使われてきた。古くは、琵琶湖疏水やパナマ運河の開削もその恩恵である。
そして、多くの人が信じているような「近代戦の最前線で大量殺戮兵器として使われた」という歴史はない。発明後間もない普仏戦争では、塹壕戦で相手の塹壕を爆破するのに使われ、日露戦争でも工兵隊により、塹壕開削と敵要塞爆破に使われた。しかし、それらも基本的には前線での土木工事である。
衝撃に敏感なダイナマイトは、真の殺戮兵器である砲弾用には使えない。砲弾用には、化学構造からして全く別物の爆薬がノーベルとは関係ないところで発明され実用化が進められていった。
これらの爆薬は威力が大きく安定で扱いやすく、歩兵や戦闘工兵が最前線の爆破に使うにも優れていた。爆弾を含め近代戦の爆発兵器には全てこれらの軍用高性能爆薬が使われてきた。
ダイナマイトは発明当時、兵器として有望視され、ノーベル自身も戦争を早期に終わらせるほどの威力を奮うと考えていた。
しかし、軍用爆薬とその応用技術の進歩は、彼の死後10年も経たないうちにダイナマイトを戦線後方での土木工事用に追いやっていた。同じく後方で戦線を支える輸送船やトラックを大量殺戮兵器と言う者はいない。
大量殺戮兵器の発明者、というノーベルの贖罪意識は杞憂であった。しかしノーベル賞は彼のこの杞憂がなかったら創設されなかった。