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「800字文学館」

東北の正月風景 ――菅江真澄日記より

大月 和彦

 伝統的な正月行事がすっかりさびれてしまった。
 70年前の農村では、家ごとに門松を立て、歳神のために棚を作り供物を飾った。
 正月は、豊作の願い、豊凶占い、病気や厄災を防ぐなどの行事が連なっていて、子ども心にも楽しいハレの日が続いていた。

 正月行事と無縁になって久しい。今年は市が作って配る紙の門松も貼らなかった。正月は、面白くもないテレビを見ながらぐうたらに過ごし、メリハリのない日々だった。正月の行事や風習など子どもに引き継ぐこともない。

 江戸末期に東北地方を旅した真澄は、各地の歳末と正月の風景や習俗などをいきいきと描いている。雪深い村人の春を祝い、豊年を祈る心情が伝わって来て、楽しい。
 秋田県雄勝郡柳田村(湯沢市)で迎えた正月の記述。
 初日がきらきら光り、雪に映えて美しい。家ごとに新年を祝い、挨拶を交しあう人の表情は晴れやかだ。家の中に、餅をつるした稲穂や粟穂を飾る。鏡餅、栗、干しわらび、ニシン、昆布、五葉松を神前と仏前に供える。
 早朝、川や井戸から汲み上げた若水を家族で順番に飲み干す。オケラの根を焚いて厄を追い出す。雷が響くのも豊作の前触れと喜んだ。
 万歳が家々の門に来て賀詞を述べながら舞うと米、干し柿、昆布、酒や銭を包んで出す。
 一晩中飲み明かす庚申講の集まり、豊作を予祝する占い行事、子ども達の鳥追い、どんど焼きなど大切な行事が14,5日の小正月まで続く。
 下北半島の大畑(むつ市)の年末。
 雪の中で女や男が声を張り上げて売り争っている。「タラよ、安渡タラよ」、「アサリ、ハマグリ」、「あわ、ヒエ、ユリの根」など。年末の家々の食卓が想像できる。
 初市。街を歩く人は弁当箱を持ち歩き、塩、針、アメの三品を買うのが習わしだった。餅で作ったマユ玉や野菜を挿すミズキの枝を売る男が仲間と酒を飲んでいる。

 雪が深く、決して豊かではなかった地で、村人が一体となって行事や習俗が繰り広げられる ― 歳末と正月を迎える喜びと活気が伝わってくる。

(何でも書こう会 15・1・9)

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