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「800字文学館」

際立つ脚色、魅惑の舞台

内藤 真理子

 ミュージカル「モーツアルト」は一風変わった脚色でとても面白かった。
 六歳で天才音楽家デビューをしたヴォルフガング・モーツアルトは、過大な期待を寄せる父親や、故郷、ザルツブルクに留めようとする大司教の束縛を絶ち切って飛び出す。そして様々な場所で、歓喜と苦悩の、中身の濃い短い生涯を送った話である。

 一幕目、六歳のモーツアルトはウィーンの宮殿で拍手喝さいを浴びている。
 舞台は変わって、背景のスクリーンにはザルツブルク、パリ、ローマ等の都市の名が書かれ、その場所での出来事が演じられる。
 成功をおさめたウィーンでは拍手喝さいを浴びるが、成長したモーツアルト(俳優・井上芳雄)は気が弱く、誘惑に負け、遊興にふける。
 その脇には、六歳の彼がいつもペンを持ち作曲をしている。
 大人と子供の二人のモーツアルトは、同時に舞台に立ち、大人は現在の彼、六歳の子供は、情熱的に創作する彼の魂を表現しているらしい。

 ともすれば、若い俳優たちの喧騒に押し流されそうになる舞台だが、父親のレオポルト・モーツアルト役の市村正親の演技が光っていて、威厳のある音楽家に成り切っていた。
 彼は息子の栄光を得るためにお金を使い果たし困っていた。度々手紙を書き、堕落しないように、ザルツブルクに帰ってくるようにと意見をする。
 モーツアルトは、こまごまと現状を報告はするが帰ろうとしない。だが父親の惨状もわかる。お金を送ろうと思うのだが、周りに群がる誘惑に負けてしまう。
 喧騒に振り回される彼。傍らでは六歳の彼が黙々と作曲をする。
 そんなある日、反抗はしていても心の支えだった父親が亡くなる。
 舞台の上では、モーツアルトは、打ちひしがれ、理性を失なう。六歳の彼はとうとう愛想をつかし、打ちのめし、去っていく。
〝あぁ、創作の情熱を失ったモーツアルトはどうなってしまうのか!〟
 固唾をのむ観客の前で、彼は苦しみながら〝レクイエム〟を作曲する。それは、彼自身に取り付いた死神からの依頼だった。

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