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「800字文学館」

差別と格差

野瀬 隆平

 ここに一枚の画がある。礼装した日本人の夫婦が鏡に全身を映している。鏡の中の顔を見ると、何と二人とも猿ではないか。
 明治の中頃フランスから日本に来た画家、ジョルジュ・ビゴーが描いた画だ。鹿鳴館にでも出かけるのであろうか、外見だけは西欧のまねをしても、中身が伴っていないことを痛烈に風刺している。横浜の外人居留地区に住む人を対象に発行された風刺漫画雑誌、『トバエ』に掲載された。
 ヨーロッパの基準で見れば、確かに風貌は貧相で猿に見えるのかも知れないが、あまりにもひどすぎる。

 モハメッドを侮辱するような風刺漫画を新聞に掲載したことに端を発するパリでの事件で、先ずこの画を思い出した。報道の自由といっても、明らかに度を越している。
 フランスにおける風刺に対する寛容度は他の国と比べて大きく、フランス人なら笑いで済ませるところだが、これは他国では通用しない。慣れない人々にはトゲとして突き刺さる。そうした認識が足りないというのが、長年フランスに住んだことのある友人の解説だ。

 このテロ事件のあと、同じような集団による邦人の拘束、殺害事件も起きており、このままでは残念ながらこの種の事件は、今後増えこそすれ減ることはなかろう。いくら各国の首相がデモをしようが、テロを力で抑え込もうとしても、対症療法では問題を解決するどころか、かえって拡散させかねない。
 背景にあるテロの温床を根底から絶つことを考えなければならない。なぜ他国の若者たちもがテロの集団に加わるのか。その要因の一つは、世界各地で広がる貧富の差である。

 この格差について論じている本が『21世紀の資本』だ。大部であるにもかかわらず世界的に広く読まれている。現代の資本主義は「格差をますます拡大させる」と結論づける。過去300年にわたる各国の膨大な税務データなど、客観的な数値をもとに分析して導き出されたもので、大変説得力がある。著者は、トマ・ピケッティ。フランス人である。

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