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「800字文学館」

スペアキー

濱田 優(ゆたか)

 自転車の鍵をよく無くす。
 今の自転車を買ってから4年の間に鍵を十数本無くした。その度にスペアキー作るのは面倒なのでまとめ買いしようとしたら、「鍵を粗末にしてはいかん」と馴染みの鍵屋のおやじに叱られた。彼のいうことは正論だが、私のだらしなさを甘く見ている。
 この暮にスペアを作る間もなく自転車の鍵を二本続けて無くした。買い物を終えて駐輪場に戻ったところで鍵がないことに気付く。手持ちの鍵をすべて無くなしたのは初めてである。買い物を持って急いで家に帰り、新しい鍵に交換してもらおうと保証書付きの取説を手に自転車店に向かった。「また無くしたの」という連れの声を背にして。
 念のため、落とした鍵が見つからないか、心当たりの場所を一回りした。しかし鍵は出てこなかった。
 そこで腹を決め、自転車を駐輪場から店まで運ぶことにした。前輪しか動かない自転車を、土曜の午後の人混みの中、100M先のスーパーの、さらに5階まで運び上げるのは容易ではない。寄る年波を感じながら休み休みやっと持って行った。
 それなのに取っ付き、店員は鍵の取り外しは防犯登録カードがないとできないという。取説の冊子を渡し、これが手持ちの書類の全てというと、必要なカードも留めてあったので作業をはじめてくれた。ほっとしたもののどうも釈然としない。防犯登録は私の自転車を盗難から護るためにしたのに、ここでは私が自転車泥棒ではないことの証明に使われている。論理的には矛盾はないのかも知れないが、疑われたようで気分がよろしくない。
 古い鍵の取り外している間に新しい鍵を買う。ショップには様々な鍵が置いてあった。そこで、鍵を無くさないためには鍵を持たないことと思いつき、ダイヤルロックにした。
 家に帰り、連れに声を大にして言った。
「もう自転車の鍵は無くさないぞ。暗証番号で開閉するんだ」
 すると、〈こんどは頭のスペアが必要じゃないの〉という声が聞こえたような気がする。空耳か。

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