iPS細胞の行くすえ
ウエブサイトgaccoで、「よくわかる!iPS細胞」という講座を取った。
山中伸弥教授ほか、京大iPS細胞研究所(CiRA)の広報担当者が、iPS細胞技術の基礎知識と実用化への課題を講義してくれる。
生物個体は、一つの受精卵が血液や皮膚などの多様な体細胞へ分化し、自己増殖しながら形成される。その際に二万個強の遺伝子は全てが複製されるが、体細胞では特定の遺伝子の発現(遺伝子情報による構造・機能化)が抑制されている。
山中教授は、受精卵のような未分化の万能細胞に必須な発現遺伝子を特定し、体細胞へそれらを導入することによって、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の作成に成功した。
iPS細胞は多量に培養でき、分化誘導すれば各種の体細胞に変えられる。再生医療や創薬の分野で革命を起こしつつある。
患者本人から採取した体細胞を用いれば、生体間移植の倫理問題がなく、拒絶免疫反応も起らない。同じ万能細胞のES細胞が抱える、別個体の受精卵から作ることによる欠点や、クローンを容易に作れるという倫理問題もない。
ただ、iPS細胞も精子や卵子の作成や、キメラ動物(合の子生物)の作成を容易にする点では、倫理問題を孕む。そのため、CiRAでは研究開発活動のみでなく、倫理規制の制定や一般社会との技術コミュニケーションにも力を入れている。
講義を聴き終え、医療技術の進歩に驚き、最新の科学知識に触れた喜びを味わった。ところが、突然、戦慄が走った。
アフリカや中東での兵士増強のための少年大量誘拐事件、戦時下の日本での特攻隊や、「生めよ、増やせよ」政策を思い浮かべ、数十年後の未来社会を想像したのである。
軍備増強に積極的な独裁者が、「人口減少対策として、iPS細胞による人間量産工場を作れ」と、強権命令を発動する。経済最優先の世論もそれを受け入れる。倫理規定などは全く無視される。老いた山中教授は晩年のアインシュタインと同じ苦悩に苛まれるが、世の中は彼を振り向くこともなく、空しく暴走していく。