作品の閲覧

「800字文学館」

「気づき」に気づく

池田 隆

「人が気づくのは、どのような時だろうか」
 脳科学や人工知能の進歩は近年著しい。記憶力や論理的推論に関しては、IT技術が既に人間を凌駕した。しかし、発明発見の端緒となる「気づき」という創造性のメカニズムについては、未だあまり良く分っていない。
「気づき」についての経験的、統計的な調査によると、

  • 創造性は全くの無から生じる訳ではない。豊かな記憶や広い知識を有する者ほどよく気づく。
  • 集中した思考の後のリラックス時に気づき易い。
  • 疑問や問題意識を考え続けるサヴァン的な執着心が、偶然の幸運をつかむ能力(セレンデピティ)を養う。
  • 対話や雑談などの中で気づくことが多い。

 という。
 一方で脳科学は脳内の各部位の働きや特性を明らかにしてきた。
 たとえば、

  • 「気づき」のように、予想外の喜びがある時には前頭葉に向けドーパミンが放射される。
  • 身体全体の様々な部位の感覚が脳活動に大きく影響する。
  • 「気づき」は0.1秒間の脳内全神経細胞の同時発火であり、一回性である。

 などなど。

 森羅万象には「ゆらぎ」がある。「気づき」現象もそれと深く関係するのではないか。
 脳神経細胞が平均状態に対して、つねに不規則な小さな変動をしている。その「ゆらぎ」の波が偶々全て一致した時に、「気づき」が起る。サヴァン的とは「ゆらぎ」が元々大きめな性質を指す。記憶や知識は「ゆらぎ」を大きくする。集中した思考後のリラックスは伸びたバネが急に放たれたような状態である。
 このように考えれば、「気づき」の一回性(非再現性)やその他の特性も理解できる。
 そもそも科学とは、物象の平均値をベースに成立する体系で、「ゆらぎ」に関しては、せいぜい偏差などの確率値を考慮するに止まる。それは論理性と現象の再現性を大前提とする。時々起る不可思議な現象や確率的に生じる事故、あるいは生物進化における突然変異などについては、発生を正確に特定することができない。「気づき」もその範疇なのだろう。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧