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「800字文学館」

怒風激しゅうして小砂眼入す

なまえなまえなまえ

 冬、日本海で低気圧が発達すると日本海側の天気が荒れる。日本海に留まると平野部に大雪をもたらし、オホーツク海に抜けると寒気を引き込んで、北日本全体猛吹雪となる。いずれであっても関東地方は、抜けるような青空で吹く風だけが冷たい。
 沼津に勤務していた頃、福井出身で故郷から花嫁を迎えた若い同僚がいた。季節は冬、遊びに来ないかと誘ったら、実家でとれた新米数キロを手土産に二人で来てくれた。
 話が弾み、場にも馴染んできた新妻が「私、こんな冬は初めてです。いつもこんな冬を過ごしている人って許せません。卑怯です」と静岡県東部の光溢れる冬を謳歌している我々を猛烈に非難し始めた。「卑怯だってさ」、後で家人と顔を見合わせた。

 春先、冬型が緩んで太平洋高気圧が張り出して来たときに、日本海に優勢な低気圧が現れると、関東地方はカラカラ天気に南風が吹き荒れる。気温も上がりニュースでは春一番が告げられる。怒風激しゅうして小砂眼入す、落語の「たらちね」の世界である。

「風が吹くと桶屋(箱屋)が儲かる」という諺も、強い風が吹いて小砂眼入するところから始まる。

  1. 風が吹く
  2. 細かい砂が舞い上がり眼に入る
  3. 擦って眼病になる
  4. 中には重篤になって、失明する人も出る
  5. 失明すると、それまでの楽しみはできなくなる
  6. では、歌舞音曲はどうだ
  7. 全ての歌舞音曲の基本である三味線を習う人が増える
  8. 三味線の需要が増える
  9. 三味線に張る猫の皮の需要が増える
  10. 猫の皮をとる為に猫が減る
  11. するとネズミが増える
  12. ネズミが桶(箱)を齧る
  13. 桶(箱)の修理や新規の需要が増える
  14. 桶屋(箱屋)が儲かる

 三味線を習っているというご婦人の話を伺ったことがある。猫の皮を張った三味線は、音は良いがデリケートで裂けやすい上に高価で、粋筋や三味線の玄人が使う物。素人は音は多少我慢して、安くて丈夫な犬の皮の三味線を使うのが普通なのだそうである。
 風が吹いて犬が減ったら何屋が儲かるのだろうか。

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