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「800字文学館」

目黒川のお花見

川口 ひろ子

 父親の介護を終えた札幌のS子が「区切りをつけるために、東京でお花見ツアーをしたいのだけれど付き合ってくれないか」と連絡してきた。「ネットのお花見情報によれば、東京の名所は、千鳥が淵、上野公園、新宿御苑……」と、次々と読み上げる。

 この中で、私は、住まいに近い目黒川を案内することにした。
 世田谷、目黒、品川を通って東京湾に注ぐ目黒川。途中の大橋から下流の亀甲橋までの約3・8キロの川沿いには、800本のソメイヨシノが咲き誇る。花と水のコントラストの美しさは格別で、ネット某社による昨年の全国お花見ランキングでは堂々の第1位に輝いたという。

 玉川通りの大橋を出発し中目黒駅迄が今回のお散歩コースだ。
 川の両岸は遊歩道になっていて、3メートル位、等間隔に桜の木が植えられている。
 途中、ところどころに架かる橋に立って上流を眺めると、両岸から延びた枝が川の中央で折り重なるように交差している。どの枝も今を盛りと咲き誇る桜の花をびっしりと付けていて「どうだ!」とばかりに目の前に迫って来る。その勢いの良さには圧倒される。
 目線を下に移すと、舞い散った花びらが、川面をかなりのスピードで流れて行く。

 上流に浄水施設があるとのことであるが、私は、この綺麗になった水が信じられない。30年も前だったであろうか、此処は当時から評判の高い花の名所であったが、川は異様な臭気の漂うどぶ川であった。捨てられた自転車や机の残骸が川底にひっかかっていた。それが今日のお洒落な目黒川に変貌したのだ。
 野趣あふれる自然の川ではないけれど、しっかりと護岸工事がなされ、ていねいに管理された都会の川の姿は、すっきりとして気持ちが良い。
 花の時期、毎年ここを訪ねるが、水は年々清らかさを増し、桜の幹は、太く、たくましく成長しているのがわかる。

「幸せいっぱいだ!」と、花吹雪を浴びて喜ぶS子。
このツアーが、新しい生活へのけじめの第1歩になるに違いない。

2015年4月10日

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