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「800字文学館」

「歴史」に学ぶ

野瀬 隆平

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言がある。ある本を読んでいて、ふとこの言葉が思い浮かんだ。今、話題のトマ・ピケティが著した『21世紀の資本』である。

 経験と歴史はどう違うのか。一人の人間が経験から学ぶという場合、せいぜい五十年間のことであり、しかもその生活空間は限られている。一方、歴史は人類が地球上に出現して以来の長い期間を対象とし、かつ世界全体にその範囲は及ぶ。要するに、学ぶ範囲(広さ)と時間(長さ)、この二つに大きな違いがあるのだ。

 この取っ付きにくい分厚い本。八十歳を超えた友人が果敢に取り組み、一度ならず三度も精読したというのを聞いて、負けてはならじと読み始めた。
 そこで気が付いたのが、ピケティの研究手法の特徴である。可能な限り過去に遡って、客観的な数値データを収集し分析する。と同時に、フランス一国に留まらず、日本を含む世界各国に範囲を広げて研究の対象としている。まさに「歴史」に学ぼうとしているのである。

 印象に残った例の一つが、政府の抱える膨大な債務についての検討である。日本にはGDPの200%を超える国債の発行残高があり、そんな国は世界に例がないとよくいわれる。
 しかし、イギリスの歴史をたどれば、およそ200%の債務を政府が抱えたことが過去に二回ある。最初は、ナポレオン戦争の末期に戦費をねん出する必要に迫られた時。それと第二次世界大戦の直後である。
 それぞれどのようにして債務を削減していったのか。一回目のものは、緊縮財政によってである。それには教育など将来のために必要な投資をあえて犠牲にし、なおかつ百年という長い歳月が必要であった。大戦後に発生した債務は、インフレによって解消した。
 政策の善し悪しは別にして、このようにわずか二百年を遡って世界に目を広げただけで、今日、我々が抱えている問題を違った視点から眺めることが出来る。これが、「歴史に学ぶ」ということなのだろう。

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