赤い靴
麻布十番は六本木ヒルズの隣町。その商店街の中央、木の葉型の広場の片隅に、童謡「赤い靴」のモデルといわれるきみちゃんの像が立っている。
頭と足はブロンズ、胴は赤御影石で、体長は60センチほど。巨大な記念碑というより、坂道に立つ小さなお地蔵さんという感じだ。訪(おとず)れる人も多いのだろう。足元には賽銭受け用の小さな箱が置かれている。
きみちゃんは明治35年静岡県生まれ、訳あって両親は北海道で開拓農民となるが、生活は苦しく、やむなく3歳の女の子をアメリカ人の養女に出す。その後、父親は札幌の新聞社に転職し、この社で働いていた野口雨情と親交を持つ。
雨情は、両親が、つれづれに語った身の上話からイメージをふくらませて詩を創り、本居長世が曲を添えた。こうして、大正11年、童謡「赤い靴」は誕生した。
きみちゃんは、異国で元気に暮らしていると思われていたが、実は、結核に侵されて衰弱がひどく、とても船に乗せられる状態ではなかった。やむなく、ここ麻布十番近くの教会の孤児院に引き取られ、9歳の生涯を閉じた。
赤い靴はいてた女の子/異人さんにつれられて行っちゃった
子供の頃から好きな歌で、SPレコードは私の愛聴盤だった。戦争中、この種の歌の演奏禁止令が出た。父親に手回しの蓄音機を押入れの中に入れてもらい、こっそり聴いて、何度も歌った。
きみちゃんは、ここ以外にも、生まれ故郷の静岡、横浜、北海道など東日本各地に立っている。こうなると、ちょっとした観光目玉であるが、「みんな何をそんなにはしゃいでいるの?」と言わんばかり、麻布十番のきみちゃんは、唇をきゅっと結び、両足を踏ん張り、まっすぐ前を見ている。
過酷な運命に立ち向かい毅然と立っている女の子、そのブロンズの頬に、時折、湿気を含んだ春の強風が吹き付ける。
今では青い目になっちゃって/異人さんのお国にいるんだろ
きみちゃんは、青山霊園にある鳥居坂教会の共同墓地に眠っているという。
2015年4月23日