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「800字文学館」

世田谷ブランド

濱田 優(ゆたか)

 二人の娘が女子高生の頃、若者の人気スポット原宿によく出掛けていた。
 ところがあるときから全くそこに行かなくなった。
「埼京線が通るようになって埼玉の女の子が溢れるようになったから」
 理由を聞けば、とんでもないことをいう。
 ばかげた偏見を諌めても、「だって……」と二人は顔を見合わせるだけ。父親の苦言は刺さらなかった。

 あれから二十年、娘たちは結婚して子供も出来、今はなんと二人とも川越と大宮の端に住まう、立派な埼玉県民になった。
 昔、偉そうに言ったことなどすっかり忘れ、亭主は二の次、専ら子育の主婦をしている。毎朝、スーパーやドラッグストアの折込チラシをチェックし、特売を狙って労を惜しまずチャリで回る。時々新聞を取り替えて、洗剤やトイレットペーパーなどはその景品で賄うというから逞しい。
 娘たちの夫はサラリーマンで、親とは別の家に住んでいる点は共通だが、家族や親類との関係は対照的である。
 長女の夫は関西の人でこちらに身寄りはいない。それで正月は元旦から家族揃ってうちでおせちを一緒に食べて新年を祝う。
 次女の家は夫の実家に近く、義兄や義妹の家とも近い。さらに周辺には親類が沢山いて絶えず行き来している。正月はまず先方の実家や親族に挨拶回りをするから、こちらに来るのは三日である。
 地方では親戚付き合いが濃密だ。が、娘はそれが希薄な都会育ちだから、何かと行き届かないところがあるようだ。
 ある日偶然、娘が立ち聞きしてしまった。何を問題にされていたか、分からないけれど、最後に
「何しろ世田谷のお嬢様だもの……」
 という声が上がり、お咎めなし、になったそうだ。娘はケロッとしていう。
「だからお父さん、しばらく引越ししないでね」

 そういわれても、わが家は築数十年のあばら家で傾きかけており、耐震性も危うい。といって今さら建直すのも難儀なので、別の形で終の棲家を考えている。
 そうなれば引越しは必定となるが――、さていかがしたものか。

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