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「800字文学館」

イスタンブールのワルたち

池田 隆

 イスタンブールをパック旅行で妻と訪れた時のこと。
 トプカプ宮殿の見学後、自由時間となる。グランドバザールを抜け、ガラタ橋へ下る。金角湾を眺めていると、十歳前後の子供たちが寄って来た。眼や髪、肌の色はまちまちである。
 現地ガイドが説明していた。人種の坩堝である此処では、どんな色の子が生まれてくるか、全く分らないらしい。しばしば何世代も前の遺伝子が急に表れるそうだ。
 どの子を見ても、ワルがき風だが、目が輝いている。「写真を撮って」と動作で話し掛けてくる。「マニィ」と手も出す。「ノー」と断り、替わりにバッグよりキャンディを取り出し、一緒に食べる。何処までも燥ぎながらついて来る。
 限られた自由時間、訪れたい個所がまだ幾つか残っている。強引に別れ、タクシーを拾い、日本企業が架けたボスポラス橋に向った。
 橋の手前の城郭跡で下車し、日本人の一人として誇らしげな気分で全景を撮る。すると運転手が、「車で橋に上れば、最高の撮影スポットがあるよ」と誘う。「OK、頼む」と、橋の主塔辺りの車寄せまで行き、外に出る。
 ボスポラス海峡を上から眺め、欧州・アジアの境界に立つ感慨に耽りながら、カメラを構えていると、何処からともなく、警察官が寄って来た。「此処は軍事規則で撮影禁止場所だ。カメラをよこせ。警察署に連行し、取り調べる」という。
 運転手の野郎とふり返るが、見当らない。妻は青い顔して立ちすくんでいる。一瞬戸惑ったが、そっと紙幣を渡すと、ニヤッと笑い、立ち去った。すると運転手が何食わぬ顔で戻ってくる。二人はグルだったようだ。癪だが面倒は起したくない。同じタクシーでガラタ橋まで逃げ帰る。
 気分転換、出港間際の対岸行きのフェリーにとび乗る。着くと下船する人ごみの先に、あのワルがき達を見掛る。無賃乗船で来たらしい。彼らに見つかっては大変だ。そのまま同じ船で戻りながら思った。あの子たちが大人になって、警察官や運転手になるのだろうなあと。

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