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「800字文学館」

ペクトパーは大事ですよ(ロシヤ語考)

都甲 昌利

 東京―モスクワの直行便が開かれた頃の話である。当時私は駐在員としてモスクワに勤務していた。乗務してくる客室乗務員は2泊して帰国するが、滞在中食事をするのに難儀をしていた。英語が通じない。ホテルでもレストランは通じない。市内にも多くのレストランがあるのだが、どれがレストランの建物かわからない。
 ある時、女性の客室乗務員が「ペクトパーと看板が出ているのがレストランよ」と一大発見をしたような声で皆に告げた。それから彼女らは「ペクトパー、ペクトパー」を連呼しながら街に出かけて行った。次に来る乗務員にも「ペクトパーは大事よ」と言って引継ぎをしていった。

 ロシヤ語の「PECTOPAH」をペクトパーと英語読みにしていたのだ。ロシヤ語では「P」は「エル」と発音し英語の「R」に当たる。「C」は英語では「S」である。「H」は英語の「N」なのである。英語読みすると「レストラン」になる。旧ソ連のオリンピック選手のユニフォームに「CCCP」と書いてあったが、これは「エス、エス、エス、エル」と発音しなければならない。英語で「USSR」でソ連のことである。
「Йокогама」を読めた人は相当のロシヤ語通だ。「横浜」のことである。

 ロシヤ語はギリシャ正教会の宣教師がもたらしたキリール文字と、タタール語が混ざる複雑な言語だ。アルファベットは33文字。英語より7文字多い。文法も複雑だ。
 モスクワ勤務時代で一番苦労したのは、ロシヤ語のタイプライターを打つことだった。文字の配列が英文タイプとは全く異なる。打つべき文字を探すのに時間がかかる。1ページの文章を作成するのに相当に時間が掛かった。

 ペレストロイカ以後、ロシヤ社会も劇的な変化をした。ビジネスでも英語がだいぶ使用されるようになった。先日暗殺されたネムツォフ元第一副首相は「Let’s speak in English」と言って会談したそうだ。

 ロシヤ語を学ぶ学生が減ったそうだが、真のロシヤを知るには矢張りロシヤ語が必要だろう。

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