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「800字文学館」

「会い初めの会い納め」

内藤 真理子

 文楽の人形遣い、二代目吉田玉男が誕生した。
 私が人形浄瑠璃を初めて見たのは、二〇〇六年、初代吉田玉男の最後の舞台だった。出し物は「伊賀越中双六・沼津の段」で、浄瑠璃は竹本住大夫、玉男共々人間国宝である。
 その後、吉田玉男は体調を崩し、二度と舞台に立つことはなかった。
 初めて見た時、舞台上で派手に左右に揺れながらよろよろと荷物を担ぐ、雲助平作の動きがひょうきんで、老人の老いや、暮らし振りの貧弱な様子が表情によく出ていて、上手いなぁ、と思った。
 一方、荷物を持たせている呉服屋十兵衛の人形は涼やかな顔をしていてあまり動かないので、つい動きの大きい方に目が行ったが、転じて十兵衛の人形遣いに目を向けた時、その人形遣いと、私の目が合った。二列目に座って夢中になって雲助を見ていた私は〝あっ、こちらが人間国宝の吉田玉男だ〟と気がついた。ご本人は慌てて目を逸らせ、二度とこちらを向かれなかったが、一瞬の生の表情だった。
 この出し物、荷物担ぎの雲助と、客の十兵衛、実は親子で、ややっこしい成り行きでそれがわかり、その上、子の十兵衛が親を殺す羽目になり「会い初めの会い納め」というセリフに至るのである。
 私にとっては、生前の人間国宝との珠玉の「会い初めの会い納め」であった。

 さて、一年経っての追善公演「菅原伝授手習鑑」で、吉田玉男の一番弟子の吉田玉女が、玉男の当たり役の菅丞相を演じた。気品のある役で、人形の僅かな動きの中に、菅原道真の寛容さや口惜しさがにじみ出ていた。その名演技にひき込まれていくうちに、人形浄瑠璃を初めて見た時、名人吉田玉男と目が合って舞い上がり、人形遣いばかりに気がいって、肝心の名人芸を見落としてしまったのではないかと思い至った。返す返すも残念だ。あの時、軽妙な動きで、雲助平作を演じていたのが吉田玉女だった。

 そして今年、二〇一五年、吉田玉女改め、二代目吉田玉男の襲名披露が行われた。

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