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「800字文学館」

旧ユーゴスラヴィアの旅

斉藤 征雄

 セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、モンテネグロ、スロベニアの五カ国を10日間で周遊した。
 好天に恵まれた旅は快適で、リゾート地として名高いアドリア海沿岸の美しさは想像を越えるものだった。行き交う人びとの表情も平穏のように見えた。

 今回訪れたのは旧ユーゴスラヴィアである。ユーゴは独自の路線を歩んだ社会主義国だった。しかし五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字が混在して一つの国家を成すといわれた連邦の統治は難しく、カリスマ性をもったチトーが死ぬと一気に不満が噴出し、東欧の共産主義政権が崩壊するのに合わせて民族主義が強まった。
 1991~92年にかけて、それぞれの民族があいついで独立を宣言、セルビアが主導するユーゴ軍との間で紛争状態に入った。特にボスニアにおいては、ボスニア(ムスリム)人、セルビア人、クロアチア人が三つ巴で争う状態で泥沼化し国連やNATOの介入によってようやく終結をみた。
 98年にはコソボ紛争が勃発する。セルビアの中のアルバニア人の蜂起である。紛争にはNATO軍が介入し大規模な空爆によってユーゴ軍のコソボからの撤退が実現した。しかし現在でもセルビアをはじめロシアなどがコソボを国として認めていない。
 最後のモンテネグロの独立で、旧ユーゴは七つの国に分かれたのである。
 この一連の紛争の中であらわれた民族間の対立は悲惨で、信じられない集団での略奪、虐殺、強姦が繰り返された。その状況がメディアを通じて世界に流れたときから、まだそれほど時間がたっていない。そして紛争の火種は完全になくなってはいないのである。

 今回の旅でも各所に紛争の傷跡が見られた。中でもセルビアの首都ベオグラードに残るNATO軍の無差別とも思える空爆の弾痕に、逃げ惑う人びとを想像して戦慄を覚えた。
 美しい国を旅して、そこでつい最近まで残酷な殺戮が行われていた事実をあらためて認識した。
 われわれが住む国はそうであってはならない。

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