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「800字文学館」

復刻版「現代日本の思想」

稲宮 健一

 岩波新書復刻版が目に留まったので読んでみた。著者の一人は秀才の誉高い鶴見俊輔で、戦前、大正、昭和初期の社会の風潮が読めて面白かった。最初に、白樺派の活動の章で、武者小路実篤の「新しき村」で理想社会に燃える文学者の活動の情熱が伝わってくる。その活動は仲良しクラブ以上には広がらなかった。
 次に、虐げられた者が社会の不公正に目覚め、平等な権利を求める共産党の活動を詳しく論じている。「新しき村」の活動は観念論、頭の体操に対して、共産党の活動は世の中の財を定量的に把握した近代的な思考方法論であると述べている。持たらず者の権利の主張は維新この方の統治である体制派から激しい弾圧を受けた様子が書かれている。

 戦後になって、「新しき村」の考え方の延長上とも思える国家権力による中国での人民公社、ソ連での集団農場、カンボジャのポルポトによる農村への強制移住など、搾取のない理想社会を目指す活動が実際に行われた。しかし、悲惨な結果に終わった。「新しき村」の仲良しクラブは自分の意志で参加したが、後者は個人の意思は認められず、強制的に原始農業社会に戻された。

 搾取のない理想郷を作るはずが、なぜ哀れな結果になったのだろか。第一は見方が静的である。即ち、今ある財を総て奪い取り、虐げられた過去の怨念を心の底に置いて、総ての事柄を等しく配分するに専念した。動的に発展する明るい未来を描けなかった。これでは足の引っ張り合いで皆が貧乏になってしまう。改革の出発点で創意工夫を凝らし、皆の資産を増やし配分を多くする遥かに優れた方法の道を進めなかった。また、会社社会で言えば、社の発展に精魂込めて働く管理職をこの社会は欠いた。社会をリードする政治家、官僚は皆が善意で、格差のない平等な社会を実現してくれると暗黙の了解に立っていた。しかし、個人の所有権を認めなかったソ連が崩壊した後、ロシアの大会社の所有者は元の共産党の幹部という大矛盾がある。

(二〇一五.六.一〇)

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