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「800字文学館」

レデイフレンド

中村 晃也

「ロンドンでの再会を楽しみにしている。週末はGがよいかTがいいか至急返事を頼む」。親友のデユポンUKの開発部長ビルからのファックスだ。
 GとTはプロ野球のジャイアンツでもタイガースでもない。週末はゴルフをするかそれともシアター(音楽会またはミュージカル)がよいかを訊いてきているのだ。会社のファックスを使うので、私的なことを連絡して問題にならないように互いに気を遣っていた。

 ビル・カートリングは赤ら顔の巨漢であるが、見かけによらない繊細な神経の持ち主だった。デュポンの社員は教養があって品が良く、付き合う相手としては申し分ないが、なかでも彼は特別だった。
 なにしろ私と生年月日が同じだからだ。郊外の彼の家を度々訪問し夫人にもお会いした。小柄な洗練された夫人の応対はとても印象深かった。が、彼女は急逝した。

 翌年、彼とロンドンで上演中の「カルメン」を観ることになり、劇場前でセシリアという女性を紹介された。若造りで、大柄のよく笑う女性だった。彼女が中座した時「ニューワイフか?」ときくと「いや単なるレデイフレンドだ」との答えだった。

 そのまた翌年、ビルはアンジェラという別な女性を連れて現れた。彼女は小柄なシックな感じの女性だった。連れ合いは既に他界し、孫も三人いるとのことだった。余計なこととは思ったが、二人はどういう関係なのかと聞いてみた。
「お互いに好意を感じ一緒に住んでいるが、双方とも子供も孫もいるし、財産の相続の問題があるので、法的に結婚はしない」という返事だった。この数年連名のクリスマスカードが来るのでまだ別れてはいないらしい。

似たような話で、島根県境港に一人暮らしの旧友を訪ねた際、ガールフレンドだという初老の女性に紹介された。彼に「海外では年輩のお相手はレデイフレンドと呼ぶのだ」と教えたら、
「ウーン、こんな田舎ではレデイと言っても通じないから、ババアフレンドとでもいっておくか?」と言って片目をつぶった。(完)

二十七年 六月

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