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「800字文学館」

仕事と余暇

池田 隆

「仕事」を広辞苑で引くと、第一義に「する事、しなくてはならない事、特に職業、業務を指す」とある。対義語は「余暇」であろう。こちらは「自由な暇な時間、仕事の合間、レジャーや遊びに通じる」とある。
 私も「仕事」が主で、「余暇」は従であると当然のように考えていた。ある時それに待ったが掛かる。

 一九八二年夏のこと、家族五人でマレー半島東海岸のレゾート地「チェラティンビーチ」で一週間ほどバカンスを過ごした。長女が高ニ、長男が高一、次女が中一であった。私以外は初の海外旅行である。このような餌がないと、喜んで家族旅行について来ない年頃になっていた。
 国際的なバカンス・サービス会社「地中海クラブ(Club Med)」が運営し、オール・インクルーシブ方式を先駆的に採用していた。広いプライベート・ビーチに現地風の高床式の宿泊用建屋を何軒も建て、種々のスポーツ施設や劇場を備えている。
 ジーオーと称する若い職員が大勢おり、昼はスポーツの指導員、夜は劇場でのエンターテイナーとなって、客を楽しませる。吾々はアーチェリー、ウインドサーフィン、水泳などに慌しく取組んでいたが、プールサイドではのんびり読書に耽るオーストラリアから来た老婦人も居る。
 食事は八人掛けの円テーブルに座るが、グループや家族連れは別れてテーブルに着き、なるべく他人と親しくなるようにとのこと。至れり尽くせりのサービスだが、テレビはなく、電話もなかった。とにかく滞在中は仕事や世間のことは一切忘れて、ここでの楽しみに浸って欲しいという。
 客の半数ほどは日本人で女子大生のグループや若い二人づれが多い。その中のある若い夫婦が私に語った。「毎年ここで一月間を楽しみ、後の十一か月はその費用稼ぎに必死に働いています」と。
 彼らにとっては、「余暇」が目的であり、「仕事」は手段に過ぎない。リフレッシュのための余暇とか、レクリエーション、天職という固定観念が見事に打ち砕かれてしまった。

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