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「800字文学館」

土方歳三に魅入られたイタリアのOL

都甲 昌利

 イタリアのトリノから来たイザベラに会ったのは3年前の函館だった。年の頃はアラフォーといったところか。ホテルの朝食で偶々いつも我々夫婦と隣席になった。「普通、外人観光客は京都、奈良へ行くのですが、どうして函館に来たのですか」と尋ねたら、新撰組の土方歳三にとても興味があって、彼の終焉の地・函館に来ているという事だった。戊辰戦争で最後の戦場となった五稜郭や戦死した若松町・・等々を訪れた彼女のことは新聞にも載った。
 毎年全休暇を使って来日し、土方歳三の生誕地・東京都日野市石田を始め、京都、会津、函館その他関係個所をかなり詳しく調査しているらしい。
 彼女と知り合うまでは殆ど新撰組に興味が無かった我々も、今はマスコミで土方の名前が出ると注目するようになってしまった。イザベラはどうやら土方のハンサムで恰好良い外見のみならず、侍以上に侍の魂を持っていて信念を曲げないが、一方で冷酷無情な一面も併せ持つ男に、何か深いシンパシーを感じているようだ。

 昨夏はイザベラの希望で、土方歳三が近藤勇と出逢い沖田総司らと剣術の腕を磨いた「試衛館道場跡」(市ヶ谷甲良屋敷内、現新宿区市谷柳町25)へ案内した。周囲はビルばかりで伸びた夏草の中にポツンと碑が建っていた。傍には江戸時代からの小さな稲荷神社もある。イザベラは感動し無口になり、神社の前に20分位も座っていただろうか。
 少し離れた場所で彼女を見守っていた我々の前に突然、近藤勇の大ファンだという京都の大学生が現れた。彼は英語を殆ど話せなかったが、新撰組の話題だけでイザベラと早速意気投合し、その後4人で、西麻布の沖田総司の墓を目指した。墓所はロックされていたが、何度も来ているイザベラの先導で塀の低いところから無事に沖田総司の墓を見学した。

 今年も8月に来日し、岩手県の宮古を訪れるらしい。そこは船で榎本武揚らと北海道・箱館へ出発した場所だという。彼女の旅はまだまだ続く。

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